小川洋子と平松洋子の読書を巡る本音対談は、すこぶる面白い・・・【情熱的読書人間のないしょ話(979)】
冬の屋外プールは静寂に包まれています。図書館には、折り紙で作った恐竜とカイツブリのデコイが飾られています。因みに、本日の歩数は10,197でした。
閑話休題、『洋子さんの本棚』(小川洋子・平松洋子著、集英社文庫)は、小川洋子と平松洋子の読書を巡る本音の対談集です。
「少女時代の本棚」で取り上げられている本の中では、イワン・ツルゲーネフの『はつ恋』と江戸川乱歩の『怪人二十面相』に共感を覚えました。
「●小川=高校のとき、思春期の、ちょうど初恋に破れる頃にタイトルにひかれて読んだら、とんでもない話だったというのが『はつ恋』です。●小川=16歳のウラジミールが年上の令嬢ジナイーダに恋をし、彼女が自分の父親に鞭で打たれるのを目撃する。しかも彼女は、真っ赤になった鞭のあとに接吻する異様な初恋! ●小川=最初に読んだときの衝撃は心に残っています。令嬢が4人の青年をはべらせて、小さな花束でおでこをぽんぽんたたくというシーンなどにも、高校生ながらに、甘美な苦痛のようなものを感じ取ったのだと思います。●平松=倒錯とまではいかなくても、官能の深いところに宿るものを感じます」。私が『はつ恋』を初めて読んだのは大学時代ですが、二人と同様の感想を抱きました。
「●平松=私が少女時代に、男の子はいいな、とうらやましかった本は、『怪人二十面相』です。『読者諸君』という呼びかけからして、ただならぬものを感じてしまって(笑)。・・・大人になってから読んでもそうですが、江戸川乱歩が自分だけに秘密めいた手紙を差し出してくれているように思えてきます。●小川=しかもその手紙の内容が、健全とはいえない。人には見せられない秘密めいたものが隠されている。●平松=乱歩が作り上げたある種淫靡な、有象無象がうごめく暗闇で起きる事件が、稚気のある小林少年の現実的な判断で解決されていく。それがとてもバランスがよくて、カタルシスをもたらす。やはり『怪人二十面相』の鍵は、明智小五郎というより、(小林)少年だったのでは」。久しぶりに『怪人二十面相』を再読したくなってしまいました。
「どのように老いるか。どうやって死んでいくか」を考える時期の読書では、山田太一の『月日の残像』が強く印象に残りました。「●平松=山田太一さんのエッセイ『月日の残像』は、最近読んだ本の中でもとりわけ心動かされた一冊です。1934年生まれ、80代を迎えられた。これは9年間にわたって70代の日々に書かれたエッセイですが、たとえば若い頃に抜き書きしたアルベルト・モラヴィアの言葉がいまなお生き方を支えている。若い頃に出会ったいろんな言葉を抜き書きして、言葉によって自己を確立していった方であるというのも、山田太一という人を語る上で非常に興味深いのですが、現在もそれらの言葉が古びたものとして片づけられてはいない。自分の中の不条理をずっと抱えながら生きてきた方だということがよくわかります。不条理を抱えているからこそ、どこかくすりと笑えるところもあって。●小川=そこがまたいいですよね。私もいろいろクスクス笑いました。・・・●平松=『この先の楽しみ』という一編では『老い』についても書かれているのですが、それがまたいいんです。『自分のすることは万事自分と切りはなしようもないのがおおむねの人生だから、自分には憶えのない自分に出会うのは、気味の悪いことでもあるが、同時にささやかな解放でもあるのではないだろうか』」。私も、54年間、読書後に、これはと思う言葉を抜き書きすることを続けてきました。二人のやり取りを読んで、早速、『月日の残像』を「読むべき本リスト」に加えました。