村上春樹と柴田元幸が翻訳について、本音で語り合った・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1690)】
千葉・流山の「市野谷の森」と周辺を巡る野鳥観察会に参加し、35種を観察することができました。コゲラ、ホオジロの雄、モズの雄、ツグミ、キジの一家、アオサギをカメラに収めました。遥か上空を旋回するオオタカの撮影に私は失敗したが、脇の少年は見事にその姿を捉えているではありませんか。恥を忍んで、その写真を撮影させてもらいました(笑)。因みに、本日の歩数は10,864でした。
閑話休題、『本当の翻訳の話をしよう』(村上春樹・柴田元幸著、スイッチ・パブリッシング)は、作家・翻訳家の村上春樹と、翻訳家の柴田元幸の翻訳を巡る対談集です。
「●村上=南部からはマッカラーズ、カポーティ、フォークナーのような荒っぽい風が吹いてきて、東部と南部がとてもいい具合にお互いを刺激していた。僕はカポーティやマッカラーズが南部に落着いているんじゃなくて、ニューヨークに出てきて、そこで違和感を覚えながらも創作活動を続けている感じが、割に好ましいと思っていて、そうした南部からの文化の流入は、60年代にラテンアメリカ文学のガルシア・マルケスやボルヘスが入り込んできたときのインパクトに匹敵するんじゃないかと」。
レイモンド・チャンドラーの『プレイバック』の「タフでなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格がない」という有名な台詞について。「●村上=そもそもハード(hard)とタフ(tough)は違いますよね。●柴田=はい、違います。hardは『無情』『非情』という完全に否定的な意味ですが、日本語の『タフ』はそうでない。だから、もしhardを『タフ』と訳すと、彼女の最初の問いが成り立たなくなる。hardな人間がgentle(優しい)という逆説に彼女は驚いているわけだから、タフ=強い人間が優しくなるというのは全然逆説ではない。●村上=あと、ここに2回出てくるaliveという言葉が大事だと思うんです。『生きていけない』のところは原文ではI wouldn’t be aliveですが、これは『生き続けてはいけない』という意味ですよね。●柴田=ええ、ロサンゼルスの厳しい裏世界で今ごろ生きちゃいないだろう、ということですね。●村上=そういう意味では『タフでなければ生きていけない』というのはかなりの意訳なんですが、響きとしてはいいんですよ。●柴田=かっこいいですよね。●村上=読む方としては気持ちいいんだけど、翻訳としてはちょっとまずい。翻訳者としては難しいところです。僕はhardを『厳しい心を持つ』というふうに置き換えている。ずいぶん迷って何度も書き直し、ゲラの段階でも何度も書き直して,やっとこの訳に落着いたんだけど。●柴田=たぶん『無情』ではネガティブすぎると思われたのでは。●村上=というか言葉の響きがあまり好きじゃない。●柴田=この文脈をいったん離れて考えると、人をhardだ、というのはすごく否定的です。たとえば“You are a hard man, Mr. Murakami”と言ったら『村上さん、あんたは血も涙もない人だ』みたいな意味だから、ここでもhardはかなりネガティブに訳す方が妥当です。それで僕は『無情でなければ』と否定的な感じを強調して訳したんですが、さすがにこれでは読者がマーロウを好きにならないだろうなという自覚はあります(笑)。●村上=そうですね(笑)。●柴田=村上さんがhardを『厳しい心を持たずに』と訳したのは、そのあたりをやや和らげた感じでしょうか? ●村上=うん。ちょっと引き延ばして訳したんですね。もう少しネガティブな要素があった方がいいかもしれない。●柴田=ただ、ここで大事なのはhardとgentleのコントラストであって、村上さんの訳では、『厳しい』と『優しい』というふうに漢字一文字+『しい』のペアになっていてコントラストがきれいにわかる。そこはさすがだと思いました。●村上=I wouldn’t be aliveのところですが、僕はこのaliveを『生きていけない』と訳すのはちょっと荒っぽいと思うんですよね。『生きてはいなかっただろう』というニュアンスがないといけないと思う。●柴田=なるほど。で、村上さんの訳は『生きのびてはいけない』となっているんですね。●村上=でも、僕の訳も柴田さんの訳も口には出しにくいですね。有名な『タフでなければ・・・』の方が覚え易い」。
村上訳は、「厳しい心を持たずに生きのびてはいけない。優しくなれないようなら、生きるに値しない」、一方の柴田訳は、「無情でなければ、いまごろ生きちゃいない。優しくなれなければ、生きている資格がない」となっています。
本書からは、翻訳の難しさがひしひしと伝わってきます。