榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

私は裸のあなたが好きだ。裸のあなたが、大好きだ・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2026)】

【amazon 『銭湯の女神』 カスタマーレビュー 2020年10月30日】 情熱的読書人間のないしょ話(2026)

撮影助手(女房)がクロコノマチョウの雌(写真1)を見つけました。クロコノマチョウの雄を撮影した2日後に、雌に出会えるとは。ベニシジミ(写真2~5)、トノサマバッタの緑色型(写真6)、トノサマバッタの幼虫(写真7、8)、クルマバッタモドキをカメラに収めました。トノサマバッタの幼虫は、撮影後、放してやりました。

閑話休題、エッセイ集『銭湯の女神』(星野博美著、文春文庫)は、一言で言えば、文句なしに面白い。

「私がテーブルを買う時」は、こんな文章で結ばれています。「勤め人でないという理由ではなく、フリーランスという理由でもなく、裕福でないという理由でもなく、世間の潮流に懐疑的という理由でもなく、結婚していないという理由でもなく、女だという理由でもなく、日常が旅に侵食されているというただ一つの理由だけで、多くの人々が当然のように送っている日常生活を自分は送ることができない。それが、時々こたえる。私にもいつか、自然な欲求からテーブルを買いたいと思う日が来るのだろうか? そしてそれはどんな時なのだろう? その日が来るのが楽しみでもあるし、もし本当にそんな日が来たら、案外落ち込みそうな気もする」。

「大女」とは、著者自身を指しています。「体の大きさをコメントされるだけならまだいいが、困るのは男と間違えられることだ、女子トイレで女性をたじろがせたことは数知れず。銭湯で女湯に入ろうとしたところを止められる。・・・性別・女性、年齢・三十五歳、国籍・日本。どうしたら、誰から何もいわれずに、そのように見られるのだろうか。私は放っておいてほしいだけなのだ。そしてそう見られるためにどれだけの努力が必要なのかと考えると、人生を根本からやり直さなければならないような気がする。大きく生まれてしまったことがすべての原因だ。もし自分が小女に生まれていたら? 私が『もし』を考えるのは、そんな時である」。

「ストレスを おふろで流す きゅうもまた」は、銭湯大好き人間の面目躍如です。「銭湯に通っている。酔狂ではなく、切実に。正直いって、三十を過ぎてから銭湯通いをするという将来を十年前には想定していなかった。十年前も銭湯に通っていた。が、それは自分が若いから貧乏なだけで、これからの人生は、急激とはいえずとも緩やかなカーブを描いて自然に上昇していくはずだと、何の根拠もなくそう考えていた。安定した将来というものは、特に努力をしなくても自然と向こうからやって来る類いのものだと思っていた。確かに何の根拠もない無邪気な将来設計だった。・・・現在は開き直って銭湯生活を楽しんでいる。・・・『ストレスを おふろで流す きょうもまた』。これは玉の湯の壁に貼ってあった、東京都公衆浴場業生活衛生同業組合の銭湯推進キャンペーンのうたい文句である。結局、金を貯めてストレスもためるか、ストレスを流して金も流すか、どちらかを選べということなんだろう」。

「銭湯の女神」は、本書の白眉です。「人は一生の間に、一体何人の生身の裸を見るのだろう?・・・(銭湯で)裸の人々を眺めていると、その行動のあまりの多様さに、希望か絶望かよくわからない、底なし沼のような感情に陥ることがある。・・・最近私は銭湯通いにささやかな喜びを見出した。お気に入りのアイドルが出現したのだ。銭湯へ行って彼女の姿を見つければ、それだけで嬉しくなり、彼女がいないだけで損をしたような気分になる。・・・私は勝手に、彼女に『ふき子』という名を付けた。・・・ふき子は身長一六三センチの体重七二キロと私は踏んでいる。一重まぶたにぼったりしたおかめのような顔、髪は明るい茶色に染め、肌はひな人形のように白い。日本的スタンダードからいえば肥りすぎだし、彼女自身もそれを気にしているようで、いつもだっぷりしたジャンパースカートを穿いている。しかし私には、縄文土器のようなふき子の豊満な体は、本来女体が備え持つべきたくましさと気高さをすべて内包した輝かしい肉体に思える。もう一度生まれ変わることができるなら、ふき子の赤ん坊として生まれ、あの豊満な肉の塊に抱きしめられて眠りたい。属性としては一応女性に属する私にそう思わしめるほど、彼女の肉体は神々しい。彼女は、私の本能部分での憧れの女性である。・・・(ある土曜日の午後、近所で見かけた女性の服装、髪は)美しくなろうと力を入れれば入れるほど奇妙になっていくという、究極的なセンスの悪さのようなものが彼女にはあった。突然私は猛烈な不安に襲われた。彼女の体つきが、ふき子とよく似ていたのだ。・・・やはりふき子だった。ほほえんだらヒビ割れができそうなほどファンデーションを厚く塗りたくり、真っ赤な口紅をさした、私が見たことのないふき子だった。・・・私は大声を上げたくなった。あなたの素晴らしさを私は知っている。誰よりも、一番よく知っている。あなたには服をまとう必要なんてない。あなたは裸のままで十分だ。どうか。そんな自信のなさそうな顔はしないで。裸のあなたはあれほど自信に満ち溢れているのに。私は裸のあなたが好きだ。裸のあなたが、大好きだ」。

星野博美という書き手を好きになってしまいました。私はあなたの文章が好きだ。自由気ままな文集が、大好きだ。