落ちぶれた男と、30歳年下の女との愛の物語・・・【情熱的読書人間のないしょ話(3425)】
ヒガンバナ(写真1~5)、シロバナマンジュシャゲ(写真6)、ナツズイセン(写真7)が咲いています。ゴーヤー(写真8)が花と実を付けています。トチノキ(写真9、10)が実を付けています。ニホンヤモリがガを銜えたわよ、とキッチンから撮影助手(女房)の声。呑み込んで、喉をひくひくさせています(写真12)。我が家にも漸く北里柴三郎がやって来ました(写真13)。
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閑話休題、短篇集『歌枕』(中里恒子著、講談社学芸文庫)に収められている『隠れ簑』、『裾野』、『歌枕』は、30歳年の離れた男と女の愛を描いた連作です。
男は、東京でも一流の場所の名うての老舗の割烹店の主人だったが、趣味の古美術と女にうつつを抜かし、今は妻から捨扶持をあてがわれ、海岸沿いの家でうらぶれた暮らしを送る鳥羽。
女は、7年前に、通いの女中だったが、妻と別居する鳥羽に付いてきた、鳥羽より30歳若い、やす。
「(鳥羽は)三十も年の若い、やすが傍にゐてくれることで、命の終り場所をつかんだ気がしてゐた。どうしても、やすに、居て貰はなければならない」。
「素直な、やすの『はい』といふ生き生きした返事が、鳥羽が、一番気に入つてゐる。そばに居るやうになつてから、ただの関係ではない。だが、さういふことだけで、やすが手離せないのではなく、自分をよく知つてくれる人間、最後につかまへた本当の日日が、鳥羽の中の男のプラシドを支へてゐるのだ」。
「(鳥羽の友人が訪れてきたため)やすは、湯殿の鏡の前で、髪を直し、粉白粉で頬を叩いた。鳥羽のために、小ざつぱりした女でゐなければならぬ。それから、茶の仕度をした盆を持つて、二階へあがつた」。
「誰に強要されたのでもない。七年前、鳥羽に蹤いてきたのは、やす自身の心からである。どういふことになるのか、先ざきの目安があつてしたことでもない。言はば、主人と雇女であつただけの関係で、はじめは柄にもなく、鳥羽を見捨てていつたその場の事情に、義憤のやうなものを覚えたのは確かである。しかし、それだけであつたらうか。やすは、根本的には、鳥羽の曖昧なことを言はぬ、激しい温かい気性に惹かれ、そこに男を感じてゐた。どうならうとも、当面の手伝ひをしようといふ気持の裏に、きらひな人間ではない自信さへあつた。足りないものを求めあふ人間の弱さを、いつしよに暮すうちに、臆面もなく曝け出す鳥羽に、やすは、時々戸惑つた」。
「どうしていいかわからない日日が、やすにとつて、この世の至福と、ぐらぐらの一本橋のやうな恐怖とを綯ひ交ぜて過ぎてゆく」。
つましいが心が通い合う日々を過ごしている二人に思いがけないことが起こります。鳥羽が外出先で、脳溢血で倒れてしまったのです。
鳥羽の死に目にも会えず、一人残されたやすは・・・。
人を愛するとはどういうことかを、改めて考えさせられる作品です。