榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

ストレス解消に著効を示す鉄道旅情写真集・・・【薬剤師のための読書論(11)】

【amazon 『鉄道旅情100景』 カスタマーレビュー 2014年10月9日】 薬剤師のための読書論(11)

薬局、薬店勤務は生命関連製品を扱うだけに、ストレスが溜まり易い。ある種の鉄道写真は、疲れた心をほぐしてくれる。『鉄道旅情100景』(中井精也著、クレオ)は、まさにそういう写真集だ。鉄道ファンでない私も、癒やされたのだから、本物である。

「釧路湿原をゆく――釧路を出た釧網本線の列車は、細岡駅を過ぎると釧路湿原へと分け入ってゆく。・・・僕は闇の迫る湿原をたった1両だけで走る姿の方に惹かれてしまう。なだらかなS字を、カーブにランプを点すように走るその姿は、まるで孤独な旅人のようだ」。旅情をそそられるなあ。

「吹雪の仮乗降場――国鉄時代の北海道には国鉄本体ではなく、各鉄道管理局が独自に設けた停車場があり、仮乗降場と呼ばれていた。・・・この鹿討駅もその一つ。猛吹雪の夜、簡素なホームに停車する列車は、暗闇に浮かぶ銀河鉄道のようだ。天にフラッシュを光らせれば、吹雪がまるで、満天の星のように輝いた」。まさに、これは宮沢賢治の世界だ。

「厳冬の無人駅――日本海に近い無人駅として知られる五能線の驫木駅。・・・真冬のホームに立てば、いつでも激しい海鳴りが聞こえる。・・・そこに降り立った瞬間に、誰もが放浪の旅人になった気になるような、そんな旅のオーラを纏っているのだ」。失恋したら、この無人駅で降りて、海鳴りを聞けば、演歌の主人公になれるだろう。

「みちのくの山村――(釜石線)綾織駅付近は民話のイメージだろうか。・・・僕が好きなのは秋の終わり。急激に気温が上下するこの季節は、朝夕に濃い霧が発生し、幻想的な風景になる。田園に立つ1本の木にも何か民話がありそうな気がしてしまう、不思議な魅力を持つ山間の風景だ」。やはり霧はロマンティックだなあ。

「夏霧の鉄橋――(只見線の只見川第一橋梁が)最も印象的なのは夏の朝だ。只見川の水は冷たく、夏になるとほぼ毎日、朝と夕方に川霧が立つ。朝日に輝く川霧の上を列車が走る姿は、とても幻想的な鉄道風景だ」。霧フェチの私には堪らない写真だ。

「横倉駅夕景――飯山線の横倉駅周辺は日本有数の豪雪地帯。列車を待つ間ふと振り返ると、夕方の青い景色の中に駅舎の灯だけが光っていた。駅は、僕のような旅人を迎えてくれる優しい玄関なんだなぁ。こんな雪に閉ざされた村のちいさな駅では、駅舎の何気ない蛍光灯の光さえも、とても優しく、温かく感じられる」。車両だけでなく、線路や駅舎などにも温かい目を注ぐ著者の姿勢には、素直に共感できる。

「月崎駅夜景――千葉県の五井と上総中野を結ぶ小湊鉄道。・・・中でも僕が好きなのは月崎駅。駅前にはちいさな商店があるだけで他には何もない。特に夜には森をバックに駅舎の灯だけが浮かび上がり、味のある光景になる」。心に残る1枚だ。