榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

中国問題の大局的・長期的・現実的・実践的な解決策とは・・・【リーダーのための読書論(53)】

【amazon 『中国の大問題』 カスタマーレビュー 2015年1月27日】 リーダーのための読書論(53)

中国の大問題』(丹羽宇一郎著、PHP新書)を読んで、丹羽宇一郎という人物を見直した。単なる成功した大企業経営者と思い込んでいたが、とんでもない間違いであった。

伊藤忠商事時代、中国大使時代を通じて、中国首脳、次代のホープらと付き合い、日中関係のあり方に思いを凝らしてきた成果が、本書に凝縮している。「私は商社マンとして30年、中国大使として2年半、つぶさに中国を見つめ、中国の政財界のトップたちとつきあい、国境近くの僻地まで実際に歩いてまわってきた」。

著者は世に言われるような中国一辺倒論者ではない。「勢いづく中国だが、しかし目を凝らせば、その内容は数々の難問に直面してもいる。拡大する都市と農村の経済格差、国有企業の杜撰な経営体質、テロや暴動が絶えない少数民族問題、要人たちの汚職と不正蓄財・・・。中国とつきあっていくとき、こうした病める中国の姿を正しく見据えることもまた必要である」。

その中国に対する姿勢は筋が通っている。「中国を決して侮ってはいけないし、かといって、過剰にひるむ必要もない。ただ、中国を知れば知るほど、この巨大市場を独り占めにさせてはいけないと実感する。日本にとって中国市場の開拓はまだまだ充分に可能であり、中国も日本の技術や助けがなければ大きな困難に直面するだろう。すなわち、目の前にある巨大市場は大いに活用できる。そして日本のためにこそ、中国と互恵関係を築いていくことが必要だ」。著者は、あくまでも「愛国(愛日)親中」なのだ。そして、日中関係の悪化に懸念を表明している。「国益とは国民が幸せになることだ。戦争で国民が幸せになったためしはない。だから武器をとらず、お互い仲良くすることが日本の国益につながる。両国民の幸せにつながる。残念ながら、そういった考えを理解できない日本人が増えてきたと思う」。

中国指導層の人物評は、著者が直接接した経験に基づいているので説得力がある。「薄熙来は1993年に大連市長に就任したが、私は彼をその時代から知っている。彼が重慶に移ってからも2回会ったことがある」。「(習近平に)私はこれまで十数回会っているが、比較的、親日派でフェアな人物という印象をもっている。彼は私と会うたびに『両国は住所変更ができない間柄ですね』とくりかえし口にした」。「習近平を支える次のリーダーとして有望なのは、汪洋、孫政才、胡春華という50代の3人である。それぞれたいへん有能で、5年後には常務委員となるだろう。とりわけ孫政才と胡春華の2人は今年51歳だから、これから20年くらいは活躍するはずだ。となれば、この2人がとくに日中関係でも重要になる」。「常務委員のなかで注目すべきは王岐山である。彼とは親しくつきあったが、たいへん勉強熱心な国際派の金融のプロである。経済改革に辣腕をふるい、有能な首相だった朱鎔基に匹敵する行政能力をもっている」。朱鎔基に匹敵するという表現は最大級の褒め言葉である。

「日本の小沢一郎のもとでホームステイした経験をもつ李克強を含め、汪洋、李源潮、さらに孫政才、胡春華は知日派である。私が見るかぎり、じつは習近平政権は本来、きわめて親日的体制ともいえる。日中間に摩擦のない時代なら、両国にはきわめて良好な関係が築かれているはずだ。私たちが習近平体制を考えるときは、そうした視点を見落としてはならない」。

日本のマスメディアに苦言を呈している。「中国の政権地図を見る際に、日本のマスメディアは有名政治家の師弟の集まりである『太子党』とか、若手エリート集団である『共産主義青年団』(共青団)といったグループをあげ、『太子党vs共青団』『江沢民派vs胡錦濤派』といった二項対立のわかりやすい図式で説明しがちだ。・・・しかし、そうしたレッテル貼りは、日本のメディアが中国の権力図を説明するのに都合がいいためにやっているだけだ。・・・中国の権力関係は外から眺めて理解できるほど単純ではない」。

これからの中国はどのようになるのだろうか。「共産党の一党独裁による統治が未来永劫、続くことは考えられない。・・・といっても、中国共産党の独裁体制はもうしばらく続かざるをえない。・・・私見では、中国が民意を反映する体制になるためには、アメリカのように地方分権を推し進めた連邦国家制になる以外に道はないと思う。中央政府が国防や財政・金融、教育、通信といった方針を決め、具体的なことは地方ごとに改革の権限を移譲する。中国の国土は輸送経済の観点から、およそ6つの地域に区分けできる」。

シャドウ・バンキングなどの経済問題、尖閣諸島を巡る領土問題など、さまざまな課題について、著者の見解、解決案が明示されている。

著者の中国論は、他の識者に比し、大局的・長期的・現実的・実践的である。中国問題を考えるときには、著者の考え方に反対であろうと賛成であろうと、必読の一冊である。高い見識に裏打ちされた書である。