オランダを衰退させたイギリスの嫉妬・・・【リーダーのための読書論(17)】
『大人の見識』(阿川弘之著、新潮新書)は、日本という国はどうあるべきか、日本人はどうあるべきかを語っている。
「全篇通しての主題は『大人の見識』です。昭和天皇ははっきりそれを持っておられた。先帝陛下のあの『帝王の見識』を、英国抜きでは語れない。陛下と言えば英国、英国と言えばロイヤル・ネイビー(英国海軍)、日本海軍はその影響下に大を成し、影響下を離れて亡んだ」と論旨明快である。
日本は、大人の国・英国に学べというのだが、1915年当時の英国の外務大臣、エドワード・グレイの例が印象深い。彼は、人間が幸福であるための条件として、①自分の生活の基準となる思想②良い家族と友達③意義のある仕事④閑を持つこと――の4つを挙げているが、特に「閑を持つこと」が英国人を英国人たらしめていると考えているのである。
『繁栄と衰退と――オランダ史に日本が見える』(岡崎久彦著、文春文庫。出版元品切れ)は、17世紀に世界の大国にのし上がったオランダが衰退してしまったのは、驚くべきことに、イギリスの嫉妬が最大の原因だったと言い切っている。著者も「嫉妬」という人間臭い言葉は歴史の記述にはなじまないと考え、相当入念に確認作業を行ったようだが、やはり、英蘭戦争の原因はオランダの繁栄に対するイギリスの嫉妬であったとの結論を下している。
経済の繁栄と技術の優位がいかに他国の嫉視の的になり得るか、そして、その嫉妬の感情が国際的なオランダいじめの動機となり、戦争を避け難くする原因になるという冷酷な事実が、この時代のオランダ史から立ち現れてくるのである。
16世紀の世界を特徴づけるものは、ヨーロッパの膨張である。外洋航海に乗り出した「大航海の時代」「地理上の発見の時代」である。17世紀に入ると、前世紀に膨張をリードしたポルトガル、スペインの勢いは後退し、17世紀前半はオランダの黄金時代となる。16世紀末にスペインからの独立を果たしたオランダは、ヨーロッパ貿易で圧倒的優位を占めたばかりでなく、アジアにおいてもポルトガルを抑えて胡椒貿易を支配し、ヨーロッパで最も富裕な商業国家となる。しかし、17世紀の後半、オランダはその経済的繁栄を嫉視するイギリスやフランスの挑戦を受け、3度の英蘭戦争そして仏蘭戦争によって国力が衰え、ヨーロッパの表舞台から消えてゆく。
商売でも賭け事でも戦争でも、一番難しいのは降り時を知ることであり、一番危険なのは判断が甘く、降りるチャンスを失うことである。当時のオランダは、不幸なことに、国家的な見地から国際情勢を判断する中央集権的機能が欠如していたため、気づいた時はもう戦争を避ける方法がないという苦境に立たされていたのである。不断の情報収集、情報共有と情勢判断は、どの時代にあっても国家の存立に関わる大事なのだ。
著者は、17世紀のオランダ史から、現在の日本の進むべき道を探ることに力点を置いているが、戦略あっての戦術だと言う。戦略さえよければ、戦術的な失敗は取り返せる。逆に戦略が悪ければ、戦術的にいくら勝ってもいずれは負ける。むしろ、戦術的に勝ち進むほど戦略の悪さが露呈するのが遅れ、それだけ大きな破局を招いてしまうというのである。これは、国ばかりでなく企業にとっても、その命運を決する重要な問題と言えるだろう。
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