榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

文豪たちのラヴレターは、愛の昂揚と人間の真実を映し出す・・・【山椒読書論(18)】

【amazon 『恋愛書簡術』 カスタマーレビュー 2012年3月19日】 山椒読書論(18)

恋愛書簡術――古今東西の文豪に学ぶテクニック講座』(中条省平著、中央公論新社)は、文学好きには堪えられない一冊である。

「アポリネールと伯爵夫人ルー」「エリュアールと芸術の女神ガラ」「内田百閒と憧れの君 清子」「バルザックと異国の人妻ハンスカ夫人」「ユゴーと見習い女優ジュリエット」「谷崎潤一郎と麗しの千萬子」「フロベールと女性詩人ルイーズ」「コクトーと美しき野獣マレー」「ミュッセと男装の麗人サンド」「スタンダールと運命の女メチルド」「ドビュッシーと『かわいい<私の女>』エンマ」「アベラールとエロイーズ」という12のカップルのラヴレターを軸に、それが書かれた背景が生々しく描かれている。

「ラヴレターとは、一般に人が信じるように純粋な愛の告白などではなく、相手にむかって自分の愛が本物だと説得する技術的な作文・・・それはあくまでも誘いであり、駆けひきであり、演技であり、戦略であり、獲物を捕える蜘蛛の巣のような罠でさえあるのです。しかし、当初のそうした計算ずくをこえて、なりふりかまわず書くうちに、あられもなく自分を露呈してしまう瞬間があるからこそ、虚のみの小説や実のみの日記とは異なる、ラヴレターの虚実皮膜の醍醐味が生じてきます」と著者が述べているが、この本は、その目的を十分に果たしている。私たちに醍醐味を存分に味わわせてくれる。

例えば、バルザックとハンスカ伯爵夫人の場合――エッセイと小説の成功で一躍、人気作家となった33歳のバルザックは、パリで派手な浪費生活を送り、有名貴族の女性たちのサロンに出入りしていた。ある日、遥か遠い黒海のほとり、ウクライナから「異国の女」と署名された匿名のファンレターが届く。18年に亘る、バルザックの生涯最大の恋愛がここに始まりを告げる。バルザックがハンスカ夫人に書き送った手紙は444通に上る。紆余曲折を経て、遂に、未亡人となった2歳年下のハンスカ夫人との正式な結婚に漕ぎ着けるが、その5カ月後、バルザックは51歳で敢え無く病死してしまうのだ。

著者の目的とはずれてしまうかもしれないが、この本の読後に私が強く感じたのは、激しく燃え上がった二人でも、長く愛を持続させることは難しい、他の異性には目もくれず、一人だけを愛し続けることは難しい――という人間の哀しい性(さが)である。