須賀敦子を、さらに深く味わいたい人のための本・・・【山椒読書論(13)】
須賀敦子の最初の本である『ミラノ 霧の風景』が出版された時、作家の関川夏央が「須賀敦子はほとんど登場した瞬間から大家であった」と評したことは、よく知られている。正にそのとおりで、私を含め、多くの読者が、須賀の文章に魅入られてしまったのである。そして、次に発表された『コルシア書店の仲間たち』で、現代作家中、最も洗練された文章の紡ぎ手という評価が定まったのだ。
『須賀敦子を読む』(湯川豊著、新潮社)は、編集者として須賀を担当した著者が、10年前に亡くなった須賀に思いを馳せ、生前に刊行された5冊の回想風エッセイを改めて読み込んで著した須賀敦子論である。
須賀は、「書くという私にとって息をするのとおなじくらい大切なこと」と、1992年に書きつけている。この言葉には、少女時代から「書く人」になりたいと願い続け、50歳を半ば過ぎて漸く自分の文章を書くことができた須賀の強い思い入れが籠められている――というのが、著者・湯川の確信である。
『コルシア書店の仲間たち』――第2次世界大戦の混乱の中で、イタリアのミラノにコルシア書店という一風変わった書店が店開きする。この書店は、司祭にして詩人であるダヴィデという魅力的な指導者と、その仲間の若者たちの手によって運営されていく。「狭いキリスト教の殻に閉じこもらないで、人間の言葉を話す場を作ろう」という目的で始められた書店は、教会当局から目の敵にされ、その執拗な圧迫にさらされ続けることになる。
この本は、「黒い修道衣を旗のようになびかせてさっそうと歩き、滝のように笑う」ダヴィデに惹かれて、1960年から11年間に亘りこの書店の活動に参加することになった須賀が、20年の歳月を経て、当時の仲間たちを偲びつつ書き上げた追想の書である。
そこには人との出会いがあり、人との別れがある。感傷を排した簡潔な文体で、それぞれの個性と事件が生き生きと描かれているので、自分もコルシア書店の一員になったような気分にさせられてしまう。そして、行間から、ミラノの石畳を歩く登場人物たちの足音が聞こえてくる。