猫好きの老管理人の奇妙な依頼とは・・・【山椒読書論(76)】
敬愛する書評家・谷沢永一が、「我利我利私欲の愚かさを痛感するには、ガードナーのほんの一冊二冊を読むだけで十分かも知れない。『ペリイ、君は子供と哲学者の混血児だ、非実際的で口の悪い空想家だ、利己主義でないシニックだ、人を信じ易い懐疑主義者だ・・・畜生、俺は君の人生観が羨ましくって堪らんのだ』と、親友で協力者のポール・ドレイクが評している。推理小説の枠をとっくに超えてペリイ・メイスンは、現代における現代人としての『人間らしさ』の核が奈辺に求められるべきかの一範例である」と絶賛しているとあっては、これまで長いこと、ぺりー・メイスンものは敬遠してきた私も、『管理人の飼猫』(アール・スタンリー・ガードナー著、小西宏訳、創元推理文庫。出版元品切れだが、amazonなどで入手可能)を読まないわけにはいかない。
メイスン弁護士のもとに、奇妙な依頼人が現れた。億万長者の忠実な邸宅管理人で、猫好きの老人・アシュトンは、火事で焼死した主人の遺言により、管理人の仕事を引き続いてやることになっていた。ところが、遺産を相続した主人の孫が、老人は置いてやるが、老人の大きなペルシャ猫まで置いてやる義務はない、手放さなければ毒殺する、という難題をふっかけてきたのである。
猫を飼い続ける権利を断固として主張したいというのが、老人の依頼内容であった。遺産相続を巡る猫騒動の背後に犯罪の匂いを嗅ぎ取ったメイスンは、有能な私立探偵・ドレイクと、美しい女性秘書・デラの協力を得て、悪徳弁護士を向こうに回して立ち上がる。
この本は、エラリー・クウィーン、アガサ・クリスティの作品に通底する、一時代前の本格推理小説特有の雰囲気に満ちていて、上質のミステリの醍醐味を味わうことができる。
その上、実際に法廷弁護士として活躍した著者の戦略的な考え方と、相手の虚を衝く弁論の冴えを学ぶことができる。