榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

北方領土・竹島・尖閣諸島の領土問題の具体的な解決プラン・・・【山椒読書論(271)】

【amazon 『北方領土・竹島・尖閣、これが解決策』 カスタマーレビュー 2013年9月5日】 山椒読書論(271)

北方領土にしろ、竹島にしろ、尖閣諸島にしろ、こと領土問題となると、冷静さを失い、日々の報道に過敏に反応する偏狭なナショナリストを自分の中に発見して驚くことがしばしばある。

そんなことでは領土問題はいつになっても解決できないぞ、と思い知らされたのは、『北方領土・竹島・尖閣、これが解決策』(岩下明裕著、朝日新書)によってである。「(領土問題の解決に必要なのは)『固有の領土』としての一方的な歴史を教え込むことではない。境界とは何か、国境はいかにつくられ動いてきたか。そして日本の空間と境界の変容の歴史とその理由、ユーラシアにおける日本の地勢と地理的条件、海をめぐる制度の変遷、そしていま、日本が抱えている境界の不安定さとその理由、そしてこれらの挑戦に私たちがこれまでどのように向き合ってきたか、そうしたことを問い直し考えることで国家にとっての境界の身体性をみんなで共有できることになろう」。

著者は、ボーダースタディーズ(国境地域・境界問題研究)の成果を踏まえ、「いささかチャレンジングで物議を醸すことを承知で、この3つの領土問題に関する具体的な解決プランを」提示している。

著者の基本戦略は、3つにまとめることができる。「第1に国境問題を歴史問題から切り離し、第2に空間利用の観点からフィフティ・フィフティに基づき、双方の利益を重視し、法的解釈をも乗り越える方策を考える。そして第3に、国家間の利益調整だけではなく、境界の現場に暮らす住民たちの利益を最大限尊重する」。そして、著者が本書で目指したのは、「島ばかりに目を奪われ(ることなく)、その島に意味をもたせている海域についてきちんと議論すること、何よりもその場所に暮らす人びとの目線でこれを理解すること、過剰なまでの『歴史主義』による現場の抽象化・物語化に空間の現実を対置させ、これを脱構築すること」である。現場の人々のことを思うとき、対馬市長の言葉が重く響いてくる。「『悪いときも良いときもある。でもお隣は引っ越せないのだから』。国家と国家の境界問題が難しいのは、お互いが引っ越せないことにある。その地政学的な宿命を変えることができないとすれば、本来は線のない土地や海の上に、線を引こうとする人間の観念のあり方を変えるしかない」のだ。

著者は、今後の国際情勢の変化を見越した観点も必要だという。韓国の国境問題の専門家は、韓国と北朝鮮との統一後に起こるであろう中国との国境問題を懸念しており、中国側も同じ懸念を抱いているといるのだ。

著者は、北方領土、竹島、尖閣諸島の順で解決を目指すべきと主張している。「北方領土問題は、国民のなかでも十二分に論議が尽くされたという認識が共有されており、あとは、近未来的には達成不能な四島の日本への帰属確認を言い続けるか、それともロシアと折り合える場所を見つけるのか、どちらかしか進む道がないというのが答えである」。

「竹島をどちらに帰属させるかについては、最終段階の判断だと述べた。それはあくまでそこにいたる信頼醸成のプロセスが大事だからだ。竹島問題を『歴史問題』から切り離す枠組みをつくって進めることはそのためでもあるが、だからといって歴史問題そのものが日韓から消えることはない。重要なことは、竹島問題の解決が、歴史問題の道具にされないようなかたちでなされることにある。その先例をつくれば、その他の問題も歴史問題、つまりすべてが日本を悪や敵とする思考から、韓国も自由になることができる」。歴史は歴史として論じつつ、領土問題は別の枠組みで交渉すべきというのだ。

「沖縄はこれまでほとんど意識の外においていた尖閣問題に自らかかわることを通じて、台湾との地域協力を主体的にすすめ、中国との関係を平穏なものにすることで、米軍基地を縮小する道義と論理をより効果的に手に入れることができる」。

どの領土問題でも解決を目指すに当たり、肝に銘じておくべきと、著者が強調していることがある。「竹島問題、尖閣問題も、自分の境界問題を解決することが日本にとって不可欠だという前提に立ち、当事者同士で向き合って解決すべきであろう。ここでも第三国をだしにしない。少なくとも敵にするかたちで、解決へのモチベーションを高めようとしてはならない。竹島を日米同盟の犠牲にしてもいけないし、尖閣を日米同盟のてこにしてもならない。あくまで相互の境界が決まっていないことの不利益を解消し、良くも悪くも隣人との関係を安定させるためであり、それが軌道に乗れば国境問題を発展させるようにこれを行うのだ。沖縄と台湾との境界地域をめぐる協力、という提案の意味もここにある」。