尖閣・竹島・北方領土の国境問題を考える出発点となる本・・・【山椒読書論(126)】
こと領土問題となると、ナショナリズムという感情に煽られてしまう私がいる。こんな私が、自分がいかに領土問題の基本的知識を欠いていたかを思い知らされたのが、『日本の国境問題――尖閣・竹島・北方領土』(孫崎享著、ちくま新書)である。
領土問題のように自国と相手国の主張が相容れない場合は、相手の言い分をきちんと知ること、こちらの主張を整理し、説得力のある根拠を明らかにすること、その上で、相手を力任せに従わせようとするのではなく、両者にとって可能で最も適切な解決策を見出すこと――の必要性を、著者は繰り返し述べている。特に、領土問題で相手からいかに多くのものを獲得するかということよりも、両国にとって、もっと大きな共通利益があるのではないかという大局観に立とうという著者の視点は、大変勉強になった。
感情論を抑制して、現実を冷静に判断することが必要だ。「中国は経済大国化し、急速に軍事力を強めている。在日米軍ですら、中国の攻撃に危うくなってきた。東アジアの軍事バランスが変わりつつある」。「多くの日本人は日米安保条約があるから、尖閣列島、竹島、北方領土の領土問題では米国が守ってくれると思っている」。「『日本は北方領土、竹島、尖閣列島を抱えている。これらを守るためにも強固な日米関係が必要である』という説の、北方領土と竹島は安保条約第五条と無関係のことが明確となってくる」。「米国は日ソが急速に関係を改善することに強い警戒心を持っていた。かつ日ソ間の領土問題を難しくしておくことは、その目的に適うとみていた。・・・そして今、同じ手法が尖閣諸島で対中国に使われようとしている。今日、米国にとって安全保障上の最大の課題は中国になった」。本来、国際政治の実態は冷酷なものなのだ。
国境問題に絡め、国家間の緊張を高めることによって、自らの利益を図ろうとする輩が存在することを見逃してはいけない。「歴史的に見れば、多くの国で国境紛争を緊張させることによって国内的基盤を強化しようとする人物が現れる。そして不幸な時には戦争になる」。「両国の納得する状況を作ることである。それができない間は領土問題で紛争に発展しない仕組み、合意を作ることである」。どんなことがあっても戦争だけは避けるという大前提を堅持することと、短兵急に解決を図ろうとしないことが肝要なのだ。
歴史に学ぶことが必要である。「領土問題を国際紛争にしない手段として、領土問題を棚上げにする方式がある。この方式は紛争を避けたり、より重要な問題点について合意する上でしばしば有効な機能を果たす。国際的に見ると、棚上げ方式は積極的に評価されている」。「(1951年のサンフランシスコ平和条約締結に当たり、吉田茂首相は)領土問題で日本の立場を主張し続けるよりも、『戦争状態を終結し主権を回復する』ことを選択した」。「(1956年の日ソ共同宣言発出に当たり)日本は領土問題を最後まで主張するより妥協を図り、ソ連との国交を回復し、抑留者のすべての帰国を実現させ、国連への参加の道を選択した」。「そして1972年の日中共同声明である。この時、尖閣諸島の領土問題に対しては、周恩来首相は『今話したくない』として、『小異を残して大同につく』ことを主張し、田中(角栄)首相もこれに同意した。日中双方とも領土問題で決着を付けるよりも、国交正常化に利益を見出した」。私たちも、これらの歴史の叡智に学ぼうではないか。
領土問題については、国民一人ひとりがそれぞれ、さまざまな意見を持っているだろうが、領土問題を超えて、日本がその国とどう付き合っていくかということを考えようとするとき、この本は、その出発点になると思う。