榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

あなたは小泉純一郎とリチャード・ニクソンが嫌いですか・・・【続・独りよがりの読書論(14)】

【にぎわい 2010年12月20日号】 続・独りよがりの読書論(14)

A 現代の日本の政治家では、誰が好きなの?

B 引退してしまったけど、小泉純一郎のようなタイプの政治家が好きだなあ。小泉の秘書を長く務めた飯島勲が「小泉が愚痴をこぼすのを一度も聞いたことがない」と語っているのを聞いて以来、小泉を尊敬しているんだ。また、飯島は「小泉は絶対、人の悪口を言わない」、「自分の気持ちを顔や表情に出さない」とも言っているよ。

A 小泉首相の場合、ほかの首相と違って、何を訴えたいのかがストレートに伝わってきたじゃない?

B この『小泉政権――「パトスの首相」は何を変えたのか』(内山融著、中公新書)は、小泉の政治手法を知るのに最適の本だよ。その特徴は2つあるというんだ。1つは、印象的な「ワン・フレーズ」の活用や、善悪の対立構図を強調する政治の「劇場化」などを通じて、有権者の支持を掴もうとしたこと。もう1つは、与党や政府内の反対を押し切ってトップ・ダウンの政策決定を行い、さまざまな構造改革を実行したこと。

A なかなかの頭脳派なのね。

B 政治報道の主役が新聞からテレビに移りつつあることを的確に捉えた彼は、テレビ・メディアを積極的に、そして実に効果的に活用したんだ。また、公共事業削減、道路公団民営化、郵政民営化などのさまざまな改革に反対する族議員や官僚を「抵抗勢力」と呼び、彼らが「悪」で自らは「善」だという二元論的な構図を作り上げた。抵抗勢力と自らの対決を劇場化することによって、小泉構造改革は世論の支持という強力な味方を得たんだ。さらに、簡潔で分かり易いフレーズを用いて我々に語りかけたんだよ。

A 彼は、どういう性格なの?

B 日本の首相としては珍しく強力なリーダーシップを彼が発揮することができたのには、彼のパーソナリティが大いに関係していると思うよ。権限強化と、政策知識、判断力、自己アピール力、世論の支持などを相互補完的に巧みに活用したんだ。著者が「小泉は『ぶれない』、すなわち特定の原理や理念にいったんコミットした後は、そこから一歩も動かない。小泉は調整や妥協を拒否し続けたのである」と述べているよ。

A 当時、小泉さんを身近でサポートする人はいなかったの?

B 経済財政諮問会議で戦略の立案や実行を担った経財相の竹中平蔵の存在が大きいね。経済学の知識と、高度な戦略的思考を併せ持った竹中は、極めて稀有な逸材であり、終始、忠実に支え続けた竹中を得たことで、小泉は「強い首相」の本領を発揮することができた、と著者はべた褒めだよ。一方で、小泉政権の外交は戦略性が乏しかった、とマイナス面も指摘しているけどね。ところで、竹中が自著の『竹中式マトリクス勉強法』で、こう語っているよ。「小泉さんは大事な話は必ず、相槌も打たず押し黙り、目をつむって聞く癖がありました。それだけ、神経を集中させていたのでしょう。最後まで聞いた後は必ず、『それはつまり、こういう意味ですか』と念を押される。そして、『ありがとうございました』と言って引き下がり、一人になって考えて、最後は必ず一人で決断するのです」。

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A 海外の政治家では、誰が好きなの?

B 一番興味を惹かれる政治家は、リチャード・ニクソンだね。

A ニクソンって、ウォーターゲイト事件で辞任した大統領でしょ?

B 確かにウォーターゲイト事件による引き際で悪印象を残したけど、政界引退後、旧ソ連(現ロシア)や中国に関する大胆な分析や提案を通じて、レーガン、ブッシュ(父)、クリントン政権の外交戦略に大きな影響を与えたこと、『ニクソン回想録』『指導者とは』『ニクソン わが生涯の戦い』など多数の優れた著書を著したことはちゃんと評価しなくちゃ。

A 普通の人だったら、大統領の座を追われた段階で立ち直れないんじゃない?

B そこがニクソンの凄いところさ。この『戦略家ニクソン――政治家の人間的考察』(田久保忠衛著、中公新書。出版元品切れだが、amazonなどで入手可能)に書かれているように、33歳で下院議員、37歳で上院議員、40歳で副大統領、これが第1の山。47歳の時、大統領選でケネディに僅差で敗れ、2年後にはカリフォルニア州知事選でも敗れる、これが第1の谷。常識的にはここで一巻の終わりだけど、そこはニクソン、持ち前の闘志で第37代大統領に上り詰めるのが56歳の時、これが第2の山。2期目の大統領選に圧勝しながら、ウォーターゲイト事件のため61歳の時に失脚、これが第2の谷。その後、不死鳥のように甦り、1994年に81歳で亡くなるまで政界の助言者として活躍、これが第3の山。これほど山と谷を経験した人はそうはいないと思うよ。好き嫌いを超えて、ニクソンの不屈の闘志は尊敬に値するね。男ならこういうめりはりの利いた人生もいいかもね。

A ニクソンだけでなく、奥様も大変だったでしょうね?

B 逆境のニクソンを陰で支え続けたのがパトリシア夫人なんだって。そして、ニクソンほど家庭を大事にした政治家は珍しいと書いてあるよ。マリリ ン・モンローや多くの女性と浮き名を流したケネディとは大違いだね。

A ニクソンって意外といい人だったのね。でも、ウォーターゲイト事件はニクソンに責任があるんでしょう?

B この本の著者はニクソンに同情的だけど、公平に見て、リーダーとしての責任は免れないと思うよ。でも、1972年に歴史的な中国訪問を敢行し、米中の関係正常化のレールを敷いたこと、1973年に泥沼状態に陥っていたヴェトナム戦争を実質的に終わらせたこと、この2つはニクソン大統領の業績として高く評価されるべきだよ。特に、世界の意表を衝いた中国訪問は戦略家ニクソンの面目躍如といったところだね。一夜にして世界のパワー・バランスを変え、ソ連を二正面作戦の危機に追い込むという離れ業は、並みの政治家では思いつくことさえできないだろう、と著者が絶賛しているよ。我々にとっても、もちろんニクソンのようにはいかないだろうけど、大局を見据えながら思い切った決断を行い、それを大胆に実行に移すということは重要なことだよね。

A ところで、ニクソンは文筆家としても優れているの?

B この『指導者とは』(リチャード・ニクソン著、徳岡孝夫訳、文藝春秋。出版元品切れだが、amazonなどで入手可能)を読めば分かるけど、彼の文体は簡潔で力強く、説得力に富んでいるよ。この本には、ニクソンが直接渡り合ったチャーチル、ドゴール、マッカーサー、吉田茂、アデナウアー、周恩来など世界の指導者の栄光と挫折のプロセスが臨場感豊かに描き出されているんだ。ちょっと読んでみるよ。「戦前のチャーチルは、荒野に叫ぶ声であり、異端児だった。ドゴールの声にも、耳を傾ける者は少なかった。アデナウアーは故国にありながら、追われる者だった。3人は、後年いずれも国家のために大きい貢献をするわけだが、3人に共通の資質は、当時は認められず、必要ともされなかった。要するに、出番が来なかったのである」。ニクソン自身が栄光と挫折の間を行ったり来たりした男だから、このように共感を込めて書けたんだと思うよ。

A 本当に生き生きとした文章ね。

B 波瀾に満ちた人生を振り返りつつ綴った、この『ニクソン わが生涯の戦い』(リチャード・ニクソン著、福島正光訳、文藝春秋。出版元品切れだが、amazonなどで入手可能)も、なかなか面白いよ。例えば、大統領辞任当時について、「私は生涯ではじめて、肉体的にぼろぼろになり、感情も涸れ果て、精神も燃え尽きていた。このときだけは、これまで耐えてきたほかの危機の場合とちがって、生きる理由も、戦って守るべき大義も見出すことができなかった。ひとは自分自身以外のもののために生きる理由を持たなければ、はじめは精神的に、ついで感情的に、さらに肉体的に死ぬ」と記している。そして、この本の最後はこう結ばれているんだ。「リスクと冒険とは、人生に妙味と意義とを加えるが、それらはまた敗北や失敗という深い悲しみをもたらすことがある。人生はローラーコースターのようなものだ。上がるときは宙に舞い上がったような気分になるが、下がるときは息もつけない。もしリスクを冒さなかったら、快適で悩みのない穏やかな――ただし退屈な――人生を送ることができよう。リスクなしには敗北もないだろうが、そのかわりに勝利もないだろう。成功に満足してはならないし、失敗に落胆してもならない。失敗は悲しいものだが、最大の悲しみは、挑戦して失敗することではなく、まったく挑戦しないことである。何よりも忘れてはならないのは、破滅をもたらさない敗北であるかぎり、敗北は人間を強くするということだ」。