榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

自分の価値観に忠実な、骨のあるエッセイスト・さくらももこ・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1222)】

【amazon 『もものかんづめ』 カスタマーレビュー 2018年8月30日】 情熱的読書人間のないしょ話(1222)

池の周辺でノシメトンボが飛び交っています。ツクツクボウシの蝉時雨の中、ツクツクボウシの抜け殻を見つけました。ツルボが薄紫色の花を咲かせています。因みに、本日の歩数は10,952でした。

閑話休題、2018年8月15日に53歳という若さで亡くなったさくらももこの名前を、迂闊にも私は知りませんでした。20年という世代差のためか、彼女の『ちびまる子ちゃん』という漫画やアニメ、エッセイにも接したことがありませんでした。今回の報道を受けて、さくらももこのことが知りたくなり、エッセイ集『もものかんづめ』(さくらももこ著、集英社文庫)を手にしました。

読後に一番強く印象に残ったのは、揺るがぬ価値観を持ち続け、それをユーモアにくるんで臆することなく発表するという、彼女の精神の小気味よさです。この毅然とした姿勢が彼女のエッセイをピリッと薬味の利いた独自な作品にし、私たちに爽やかな風を感じさせるのです。

「メルヘン翁」では、「ちびまる子ちゃん」に登場する祖父・友蔵と著者の祖父との違いが語られています。「祖父が死んだのは私が高二の時である。祖父は全くろくでもないジジィであった。ズルくてイジワルで怠け者で、嫁イビリはするし、母も私も姉も散々な目に遭った。・・・(死んだ時)誰も泣いている人はいない。ここまで惜しまれずに死ねるというのも、なかなかどうしてできない事である。・・・(生前)私は、あれは絶対わざとボケたフリをしていると踏んでいた。老人問題の『ボケ』まで逆手にとって巧みに利用するとは、なんたる不良翁であろうか。・・・ジィさんの戒名の称号は居士であった。死ぬと無条件に仏の弟子になれるというこの世のシステムには改めて驚かされる。もしジィさんが本当に仏の弟子になってしまったら、インチキはするわ酒は飲むわで一日で破門であろう」。

「恐怖との直面」には、このような一節があります。「この世の中に、命がけでやるほどの値打ちのある行為なんてめったにないはずだ。なのにこうして振り返ってみると、バカらしい事で相当命をかけてしまっている。『たまたま生きて帰れたから良かったものの』というシチュエーションが多すぎるではないか。もっと慎重に生きてゆかなければいけない」。反省の中に、ユーモアが滲んでいます。

2カ月で終わったOL生活を振り返った「宴会用の女」は、痛烈パンチ炸裂です。「私の班は男性3名、女性5名の計8名で活動していた。女の先輩は皆気立てが良く、とても親切だったのだが、男3名は良くなかった。特に私の横にいる男は30歳前後でメガネをかけ、実に貧相で下品な風貌であった」。

「意図のない話」では、自分の結婚に触れています。「(彼との別れ話中、偶々隣り合わせたサラリーマン4人連れの1人の)パンツのシミと共に私達の別れ話は雲散霧消し、そのまま霧雨に打たれて青山を去ったのである。あの小便男のくだらなさに比べれば、私達の別れ話のくだらなさなんて、彼の屁にも及ばないではないか、という理由だったかどうかは忘れたが、とりあえず私達は別れずに結婚に至った。今思えばあの時のあの男は、私達の人生の中で重要なポイントを占める役割を果たしているのである。物事の渦中では意図がわからなかった事も、人生を通してみると何らかの意図があるのかもしれない。たとえそれがどう考えてもわからなかったとしても、わからないという事がわかった事実だけは勉強になるものである」。この結びの言葉は、何やら哲学的ですね。

「スズムシ算」は、ユーモア全開です。「この水槽にそんな忌まわしい過去がある事も知らずに、スズムシ達は歓喜あふれる大合唱に余念がない。その姿を見ると私は、まるでアパートの大家が前の住人の一家惨殺事件を隠して、次の人に部屋を貸しているかのようなフクザツな心境になり、多少胸が痛くなるのであった。・・・しかし、スズムシの繁殖率の見解などを深めたところで、これからの人生に何の役にも立たないところが少し哀しい私であった」。

「結婚することになった」には、父が登場します。「結婚が決まると、それぞれの家族の家へあいさつに行かなくてはならない。私は非常に心配になった。うちの家族はどうにもこうにも間が抜けている気がするのだ。特にあの父に関しては心配である。毎日、酒と肴を食べる事しか考えていない父が、果たして『お嬢さんを下さい』と言われて何と答えるであろうか。・・・相当みっともない有様は予想がつく。私の心配はますますつのるばかりであった。・・・予想通りの父のふがいなさに、私はこれから先の事がますます不安になってきた」。結婚式でも相変わらずヘマをやらかす父だが、「あんな父でも神妙な顔をするのか、と思った時、父の顔が光っているのが見えた。頬に汗が流れるはずがない。他の人からは見えないが、私の角度からだけは父の涙が見えたのだ」と結ばれています。

このように自分の価値観とユーモアを絶妙な割合で調合する力量を備えた、骨のあるエッセイストを失ったことは、本当に残念です。