榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

朱子学が中国、朝鮮、日本にもたらしたもの・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1416)】

【amazon 『逆説の日本史(24)』 カスタマーレビュー 2019年3月6日】 情熱的読書人間のないしょ話(1416)

モモが、文字どおり桃色の花を咲かせています。レンギョウが黄色い花を付けています。カワヅザクラが満開を迎えています。因みに、本日の歩数は12,392でした。

閑話休題、『逆説の日本史(24)――明治躍進編 帝国憲法と日清開戦の謎』(井沢元彦著、小学館)を読んで、朱子学が中国、朝鮮、日本にもたらしたものの大きさを痛感しました。

「俗に言う『李朝五百年』つまり何百年も続いた朝鮮国の朱子学体制は、農民のレベルに至るまで朝鮮人を朱子学の狂信者にしていたというわけだ。それに比べれば、朱子学が付け焼き刃に過ぎなかった日本はいかに幸運だったか、わかるだろう。・・・徳川家康が朱子学を武士の哲学として導入して以降は『商売は悪』という偏見がはびこったが、清や朝鮮と違って日本には『商売は善』という伝統があり、そのなかから勝海舟や坂本龍馬が出てきた。勝海舟の先祖は『金融業者』であった。『商売は悪』とする伝統のなかではもっとも卑しいとされる商売である。坂本龍馬の先祖も商売にかかわっていた。ともに朱子学国家では絶対に国事にかかわることはできない身分なのである」。

「『天皇』という伝統もあった。これも中国皇帝を宗主と仰ぎ国王として仕える『華夷秩序』とはまったく違うものである。そして日本人は江戸時代を通じて朱子学と神道を融合させた。天皇を『絶対者』として祀り上げ、そのことによって『天皇の下ではすべて平等』という概念を作り出し、その結果朱子学世界では絶望的に困難な四民平等を実現させた」。

「朱子学は個人を律する哲学であると同時に、国家を運営する政治学でもあった。だから、そのスペシャリストで無い、科挙に合格していない人間(あるいは朱子学者以外の人間)は政治にかかわる資格は一切無い。『お上の言うことに黙って従え』なのである。そして重大なことは、朝鮮では庶民もそれが当然だと『洗脳』されていたということだ。このあたりも一向一揆や法華一揆がしばしば見られた日本とはまるで違う。・・・『天皇の下ではすべて平等』だから、吉田松陰は『草莽崛起』を呼びかけることができた。現代語訳すれば『草の根の日本人よ、天皇のために立ち上がれ(政治に参加せよ)』であり、朱子学体制の国家ではこれは犯罪になる。民草には政治に参加する権利も資格もまったく無いからだ。日本でも朱子学の狂信者松平定信は、警世の書『海国兵談』を著した林子平を『医者の弟風情が政治に口を挟むとは不届き至極』という理由で厳しく処罰したが、その処罰理由に注目していただきたい。子平の意見が正しいかどうかは関係無い。医者の身分で政治に口を出すこと自体重罪なのである。これが朱子学社会だ」。

ここで、田沼意次が登場します。「ちなみに日本歴史学界の通説では今でも『松平定信は名君だが田沼意次はそうでは無い』である。彼らが監修している高校教科書では定信の政治を『改革』としながら、田沼の政治は『改革』と呼んでいない。実際ご覧になるといい。ではなぜ定信の政治は『改革』なのに田沼の政治は『改革』では無いのか?・・・商業重視で貿易再開を目論んでいた田沼政治は、朱子学的価値観から見れば『悪政』だったからだ。しかしそれは江戸時代の偏見である。明治という新時代になったのだから旧時代の偏見を捨てて、新しい価値観で公平客観的にものを見なければいけない。つまり『定信の政治も田沼の政治も共に改革を意識していたが、その方向性はまったく違うものであった』などと評価するのが的確な歴史の見方であろう。にもかかわらず、そうなっていないのは、教科書を作っている人々に『朱子学が時代を動かした』というセンスがまるで無いからである」。