上海の歴史を通して中国理解を深めよう・・・【情熱的読書人間のないしょ話(244)】
恋する♡読書部主催の講演会の講師の出口治明氏(ライフネット生命保険・会長兼CEO)の講演は、期待を裏切らぬ内容でした。人・本・旅が人生・仕事を充実させるという信念は、氏の実体験に基づいたものだけに説得力があります。質疑応答コーナーの進行役を務めたのですが、若い人々から活発な質問が飛び出しました。私も一つ、「もう一度、人生を送れると仮定した場合、A案=生命保険のビジネスを優先順位の第1位に置く、B案=西洋史の研究・講義を第1位に置く――のどちらを選択しますか?」と質問しましたが、氏の回答は、機知に富んだ鮮やかなものでした――「私は旅が大好きなので、C案=旅行の添乗員になりたい」。聴講者全員が氏の温かい人間性に直に触れることのできた得難い講演会でした。
氏がある著書で推薦していた『上海――大陸精神と海洋精神の融合炉』(田島英一著、PHP新書)を、丁度、読み終わりました。
中国の上海が1990年代に急成長したのはなぜでしょうか。上海は古来、漢民族が定住する中央の大陸世界と、貿易が盛んな南方の海洋世界とを繋ぐ、文明の交差点であったというのです。上海の過去から、浙江商人、台湾人、安徽人、上海人、外国資本が生み出す複合エネルギーが渦巻く現在までを俯瞰することによって、中国理解を深めようと呼びかける意欲作です。
「現在の上海市にとって、直系の祖先は租界・Shanghaiである。決して、県城・上海ではない。県城の住民が見向きもしなかった城外の湿地帯に、外国人が自らの手で築いたShanghai。その上に、現在の上海市が築かれている」。「外国商人が、国境を越えて築き上げた、租界という名の擬似国家。そこで活躍する外中国B(=中国の海洋地帯)の商人、各種『幇会』。これはある意味、『公』なき街の、『私』による重層的統治である。『万国商団』も、『国境なき医師団』ならぬ『国境なき兵団』、つまりスペイン内戦時の『国際旅団』のようなもので、いわば究極のNGOだ」。
「(1980年代の)上海は、指をくわえてそれ(広東省の発展)を見ていた。税収の多くを中央に吸い上げられ、経済では特権を享受する広東に置いていかれる。上海人が、一番腐っていた時期に違いない。そんな上海に春が訪れるのは、北京のような流血もなく、80年代末の動乱を無事に乗り切った90年代である。上海党委員会書記・江沢民が党中央で総書記に抜擢され、やがて市長であった朱鎔基も中央進出を果たした。・・・上海の対外開放加速は、この都市がもう一度外中国Bネットワークに返り咲いたことを意味する。建国後40年間停滞し、変化に乏しかった街が、20世紀最後の10年間で変貌を遂げる」。
「中国人の反日感情についても、別の見方ができる。中国人が日本人を恨むのは、日本が中華民国の主権を侵したからではない。日本軍が、本来しなくても済むはずの戦争に彼らを巻き込み、その結果、彼らの平和な生活が破壊され、大量の犠牲者が出たからだ。彼らにとって、生活の破壊者は絶対的な悪である。その悪に対する憤怒が、現政権(=胡錦濤政権)の政策決定においても、圧力として作用している。この点を見落とすと、対中政策を誤るのではないか」。