榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

日本の国民皆保険は邪魔だからなくせ!――これがアメリカの本音だ・・・【薬剤師のための読書論(20)】

【amazon 『沈みゆく大国 アメリカ――<逃げ切れ! 日本の医療>』 カスタマーレビュー 2016年10月3日】 薬剤師のための読書論(20)

最近、堤美果の講演を、何百名もの聴衆の最前列で聴く機会があった。主張・論理が明快であること、内容が充実していること、プレゼンテーションが巧みであることに驚嘆した。そこで、『沈みゆく大国 アメリカ――<逃げ切れ! 日本の医療>』(堤美果著、集英社新書)を手にした次第である。

img_2856

著者は、日本の国民皆保険や高額療養費制度の素晴らしさを強調する。強欲資本主義に蹂躙され、極端な格差社会となっているアメリカの医療制度との比較説明が説得力を強めている。

「会社員とその家族および公務員は健康保険組合や共済組合が運営する『健康保険』に、それ以外の国民(無業者や自営業者など)は市町村が運営する『国民健康保険』に加入する。『皆保険体制(国民全員が公的保険に加入)』。『フリーアクセス(いつでもどこでも誰でも必要な医療が保障される)』。『現物給付(保険証一枚あれば、窓口負担だけですぐ医療を受けられる)』。こうして私たち日本人は、『いつでもどこでも平等に医療を受けられる』国民皆保険という宝ものを手に入れた。憲法25条の『生存権』を守る、社会保障制度。世界中から羨望のまなざしが注がれるのも無理はない」。

この国民皆保険を廃止させて、自分たちが存分に金儲けできる市場にしようと、アメリカが虎視眈々と狙っているというのだ。狙っているのは、一見、アメリカ政府のように見えるが、実は、アメリカ政府は製薬や医療機器、介護、保険などの多国籍企業の傀儡に過ぎないと喝破している。

アメリカが望む日本医療の商品化――混合診療解禁・拡大、保険会社参入、企業の病院経営参入、薬価の自由化など――を実現するための仕掛けがTPPであるが、その別動隊ともいうべきTiSA(新サービス貿易協定)にも十分な注意が必要だという指摘は、気鋭のアメリカ・ウォッチャーとして知られる堤の面目躍如である。「外部からのアプローチが滞るなら、内部(日本)からも手を打たねばなるまい。そこで登場したのが、まずは日本国内のあちこちに、規制なしの企業天国を作る『国家戦略特区』だ」。「アメリカの財界にとって何よりも都合がいいことは、TPPと国家戦略特区が双子の兄弟だということに、日本国民がまったく気づいていないことだった」。アメリカが直接手を打ってくるTTP、TiSAだけでなく、日本国内から呼応・迎合する国家戦略特区にも注意を怠るなというのである。

国内の政治手法は巧妙化している。「国会議員に手が出せない諮問会議で骨子を決めて法律にしてしまえば、ロビイングすら必要ない。本来は総理に助言するだけのはずだったのが、今ではこの諮問会議の決定を受けてから政策が決められ、政策を変える時も、諮問会議で議論してから変更される。みごとに事実上の政策決定機関になってしまった。・・・(安倍)政権発足直後には、経団連が早速これを、『政官民が一堂に会した司令塔』だと強調し、メンバーには再び経団連関係者がずらりと首を揃えるようになった」。「今の政府が日本を引っぱる方向や、ろくに審議もなくどんどん進めてゆくこのやり方を変えるためには、日本版回転ドアであるこれら『諮問会議』の存在が、大きなカギを握っていることに気づかなければならない。(日本のモデル・ケースともいうべき)ここ数十年のアメリカをみれば、そのことがよくわかる」。日本はアメリカの金儲け主義優先医療への道を後追いしているというのだ。

アメリカ国内だけでなく、韓国の医療も既にアメリカの手に落ちてしまっている。韓国では、国民は保険証を持っていても受けられない治療が増えていて、そこにアメリカ系医療保険会社が参入するという由々しい事態を招いているのだ。そして、日本を次の市場にしたいアメリカは日本政府に圧力をかけ続け、徐々に成功を収めつつある。「大手企業群と金融業界によって政治とマスコミが買われ、あらゆるものを商品にする株式会社国家となりつつあるアメリカ。その彼らから、大きな可能性を秘めた医療ビジネスの市場として熱い視線を浴びるここ日本」。

アメリカの投資家たちや多国籍企業は、目の前の大きなビジネスのチャンスを簡単には諦めないことを踏まえて、日本の国民皆保険を守るために、今、私たちはどうすればいいのか。先ず、国民の一人ひとりが国民皆保険の素晴らしさを認識し、これを守ろうという強い気持ちを持つこと、そして、医師と国民が手を携えて立ち上がることだ。

日本の医療を成長産業にするための2つの提言が印象に残る。1つは、「1985年のMOSS協議以降、海外の医薬品や医療機器に比べ不当に高い承認ハードルを設けられてきた日本企業に対し、その技術力を生かしフェアに競争できる環境を日本が整備することこそが国益にかなう。『日本の技術力と高度は医学・医療が結びつけば、医薬品・医療機器産業は日本の総医療費を捻出できるほど大きな市場規模を持っている』」。もう1つは、「医師のみならず医療チームの人員を増やすことを提案する。『(アメリカには)例えば医師の監督下で手術や薬剤処方などを行うPA(Physician Assistant)と呼ばれる専門職や、ちょっとした医療行為まで許可されている特定看護師であるNP(Nurse Practitioner)といった人たちがいて、チームで医療をやっている。チーム医療の良いところは、一人の医師に過剰に負担がかからないし、患者へのケアもきめ細かくなるし、安全性も向上する。そして何よりも、病院が地域でたくさんの雇用を提供できるのです』」。

医療はビジネスと割り切る、著者の言う「医産複合体」に警鐘を鳴らす本書は、医療関係者だけでなく、全国民必読の一冊です。