STAP細胞詐欺事件の主役と黒幕・・・【薬剤師のための読書論(14)】
私は、「STAP細胞捏造事件」ではなく、「STAP細胞詐欺事件」と呼ぶべきだと考えている。この事件の主役は小保方晴子であり、共同研究者の笹井芳樹と若山照彦はリスク・マネジメントに疎い被害者に過ぎない。そして、黒幕は米国で「もう少しでうまくいったのに」と眉を顰めていることだろう。
このSTAP細胞詐欺事件は、『捏造の科学者――STAP細胞事件』と、日経サイエンス2015年3月号に掲載された「特集――STAPの全貌」を併読することによって全体像が明らかになる。
『捏造の科学者――STAP細胞事件』(須田桃子著、文藝春秋)には、STAP細胞事件の発端から理化学研究所発生・再生科学総合研究センター(理研CDB)「解体」に至るまでが時系列で綴られている。「異例づくしの記者会見」、「疑義浮上」、「衝撃の撤回呼びかけ」、「不正認定」、「小保方氏の反撃」、「不正確定」、「存在を揺るがす解析」、「ついに論文撤回」、「笹井氏の死とCDB『解体』」――という目まぐるしい展開が、毎日新聞の科学記者の視点から記録されている。
笹井と著者との間でやり取りされた40通に及ぶメールの内容が興味深い。また、森口尚史のiPS細胞の臨床応用の捏造を見破った科学者の「小保方さんは相当、何でもやってしまう人ですよ」という一言に著者がドキリとしたというエピソードが印象的だ。
「日経サイエンス2015年3月号」(日経サイエンス社)の「特集 STAPの全貌」は、「幻想の細胞 判明した正体」(詫摩雅子・古田彩著)と「事実究明へ 科学者たちの360日」(古田彩・詫摩雅子著)から構成されている。
「幻想の細胞 判明した正体」の結論は、「STAP細胞は最初からなかった」と簡潔明瞭である。理研の調査委員会、理研の遠藤高帆、東京大学のグループという3つの解析グループが、それぞれ別の方法で、STAP細胞の正体は「若山マウスE51」、STAP幹細胞のそれは「大田マウスE51」と「若山マウスE51」だと突き止めた。すなわち、STAP細胞の正体は、STAP細胞の実験の場となった研究室に所属していた研究員が、10年前に作った胚性幹細胞(ES細胞)だったのである。
「NGS解析(その細胞でどのような遺伝子が働いていたかを網羅的に調べる方法で、他の細胞と比較することで、細胞の性質を知ることができる)では少なくとも2種類の細胞がSTAP細胞として使われている。多能性のない細胞とES細胞だ。多能性のない細胞を使ったTruSeq解析では、『STAP細胞はES細胞よりももとになった脾臓細胞に近い』という結果になっている。一方で、STAP細胞としてES細胞が使われたSMARTer解析では、『STAP細胞は、受精卵に近い桑実胚や胚盤胞よりも、ES細胞に近い』という結果になっている。こうした結果が得られるように、細胞を使い分けていた疑いがある」。疑いがあるというレヴェルではなく、これはもう確信犯の仕業である。
「事実究明へ 科学者たちの360日」は、科学的検証という枠を超えて、感動的でさえある。「ES細胞の『容疑』に最初に気づいたのは公式の調査委員会ではなく、一人の研究者だった。理研が『論文は撤回するので新たな調査は必要ない』と言い続けていた間、一部の研究者たちが、残された細胞のゲノム全体を調べ、実験で確認し、STAP細胞が存在しないという科学の証拠を積み上げた。理研もついに重い腰を上げ、新たな調査委員会を発足。前例のない徹底した調査で、STAP細胞と、そこから作られた幹細胞にメスが入った」。この「一人の研究者」こそ、理化学研究所統合生命医科学研究センターの遠藤高帆上級研究員だったのである。小保方の研究者としての生き方と遠藤の研究者としてのそれを並べたとき、そのあまりにも大きな落差に愕然とするのは私だけだろうか。