なぜ、植物は人間の役に立つ薬を作るのか・・・【薬剤師のための読書論(33)】
植物由来の薬が多数あることは承知しているが、なぜ、植物は人間の役に立つ薬を作るのかということを深く考えたことはなかった。『植物はなぜ薬を作るのか』(斉藤和季著、文春新書)は、この問題を深く掘り下げている。
植物は人間のために薬を作っているわけではなく、薬になるような化学成分を植物が作るのは、動けない植物自身のための巧みな生存戦略だと、著者は述べている。「植物は私たち動物とは違って、すばやく動くことや移動することが出来ません。しかし、46億年の地球の歴史の中で、陸上植物は5億年を生きてきています。・・・植物はこのような長い歴史を生き抜くために、戦略を立て、実行して、トライアル・アンド・エラーを繰り返しながら進化する必要がありました」。
植物が独自に発達させた生存戦略は、●同化代謝戦略(太陽エネルギーと土からの栄養による光合成)、●化学防御戦略(様々なストレスに対する化学兵器による防御)、●繁殖戦略(化学成分で相手を引き寄せる)――の3つである。
化学防御戦略は、3つに分けることができる。「第1に、捕食者から食べられないように、植物は動物に対して苦い味や渋い味、あるいは神経を麻痺させるなどの有毒な化学成分を作るように進化しました。・・・捕食者に対して有毒な成分を作る植物は、生き残るチャンスが増え、より多くの子孫を残せることになります。第2に、病原菌に対してもその増殖を抑える抗菌性のある化学成分を作り、病原菌に打ち勝つように進化しました。病原菌に対して抗菌作用のある化学成分を作る植物は、他の植物よりも病原菌に対して抵抗性が強くなり、生き残るチャンスが大きくなります。さらに、第3に、光合成に必要な日光や、無機栄養塩など、生長のために必要な資源を競う他の植物との闘いに勝つためにも、他の植物の生長を抑えこむ化学成分の生産をするようになりました。他の競合植物に対して、生長を阻害するような成分を作ることによって、自らの生長が優位になります。・・・自らの生存のためと多くの子孫を残すため、植物は化学防御物質をつくるよう進化したのです。そして、偶然にこのような化学防御物質をつくる突然変異を獲得した個体が、長い時間をかけて集団の中に広がりました」。
なぜ、植物が作る化学成分が薬として用いられることが多いのだろうか。「それは、植物が生産する防御物質と、薬が持つべき性質とが共通しているからなのです」。その共通する性質とは、●敵を寄せつけない強い生物活性、●どんな敵にも対応できる豊富な化学的多様性――の2つである。「化学成分によって、捕食者を寄せつけない、あるいは病原微生物を生育させないためには、その化学成分は強い生物活性を有していないといけません。生物活性とは、『生物に作用して、何らかの生体反応を起こさせること』です。例えば、動物の神経伝達を遮断して動かなくする、細胞の分裂や成長を阻害する、などの強い生物活性を示す物質は防御物質として優れていると言えます。実はこの強い生物活性という性質は、よく効く優れた薬が持つべき重要な性質のひとつなのです」。
「豊富な化学的多様性の大きさについて説明します。捕食者や病原微生物、他の競合植物に対抗する防御物質は、植物ごとに異なる物質であることが必要です。もし、すべての植物が同じ防御化学成分を作るとすると、それがどんなに生物活性の強い成分であったとしても、捕食者などはそれに対する耐性を容易に獲得してしまうでしょう。・・・従って、より堅固な防御戦略のためには、他の植物が真似できない成分を作ることが必要です。そうすると結果的に、植物界全体で見た時の防御物質の化学的多様性は増大することになります。実は、薬としての開発を考えた時も、化合物の多様性は多い方が圧倒的に有利です」。
「植物は化学的な戦略によっても(乾燥、高い塩濃度、温度変化、強過ぎる光や紫外線、活性酸素、栄養飢餓などの)非生物学的ストレスに対抗し、それを緩和する能力を発達させました。・・・植物は、様々な環境ストレスに対抗するために植物成分を作り出しました。そして、これらの植物成分は、同時に人間の健康にも役立つのです」。
植物が選択した生存戦略が、結果的に、多くの薬を私たち人間にもたらすことに繋がったのである。