榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

医療未来学の第一人者による20年後までの大胆な医療予測・・・【薬剤師のための読書論(39)】

【読書クラブ 本好きですか? 2020年9月16日号】 薬剤師のための読書論(39)

医療未来学

未来の医療年表――10年後の病気と健康のこと』(奥真也著、講談社現代新書)は、医療未来学の第一人者による20年後までの大胆な医療予測である。著者は医師であるだけでなく、世界の医療業界の最新動向に精通しているので、強い説得力がある。いずれの予測も、医学的、医療的、科学的、社会学的、経済学的なエヴィデンスに基づいているからである。

医療予測

医療技術面では、
●2025年 初の本格的認知症薬誕生
●2030年 感染症の脅威からの解放
●2035年 ほとんどのがんが治療可能に
●2040年 遺伝子解析とAIでALS(筋萎縮性側索硬化症)などの神経難病克服
●2040年 遺伝子の型に応じたタイプ別の治療により糖尿病解決
制度・仕組み面では、
●2030年 AI診療が主流に
●2032年 安楽死法制定
――といった、目を瞠らせる予測が並んでいる。

各人の健康戦略

著者は、2020年現在、医療は「人間が病気では簡単に死ななくなる時代」に入りつつあると主張している。だからといって人任せにするのではなく、自己努力の必要性も強調している。

●予防の最大の意義は長期の健康戦略だ
「(あなたが、がんと診断された場合)問題が見つかったのはよい警告なのだと認識し、それ以降、予防に重点を置くようにし、生活習慣も考え直すのが重要なのだと思うのです。これを機会にタバコはすっぱりやめよう、というようなことです。・・・脳ドックなども、脳出血や脳梗塞などの現状の判定だけでなく、脳動脈瘤などの脳血管障害リスクを知ることにより、今後の長期戦略を立てやすくなることに大きな意義があります。たとえば今後、MRA(MRIで血管を見る技術)を用いた脳や頸部の動脈の健康状態予測は劇的に進化していくと思われます」。

●脳トレはNG!?
「私自身は、脳トレを全否定するつもりまではないものの、今の『猫も杓子も脳トレ』という状況には違和感を持っています。少なくとも、脳トレの前提になっている『脳は鍛えれば鍛えるほど活性化する』という見方に対して、『本当か?』という思いがあります。・・・数ある臓器の中で脳だけが例外で、節約するどころか逆に酷使すればよい、という話は・・・、と疑いの目で見ざるをえません。・・・脳トレも(運動と)同じで、少なくともやりすぎはよくないでしょう」。

●運動はゆるくやろう
「臓器の消耗を早めるほど過度な運動をしてもいいことはありません。膝や肘、足首などの『運動器』は運動による『消耗』をイメージしやすいでしょう。過度な運動に伴う物理的な摩耗は、骨の関節面を覆う軟骨を確実にすり減らしてしまいます。若い時期の激しい運動で消耗するのは運動器だけではなく、肺などの呼吸器、心臓に代表される循環器も同じです。特に心臓は、アスリートの過度な酸素需要に応じようと血流を増やし、循環ペースを速めるうちに、『スポーツ心臓』と呼ばれる肥大化、拡大化した心臓になってしまいます。・・・『適度にやる』運動が健康にいいのは間違いありません。おススメは、なるべく『ちんたら』『ゆるく』やれる運動です」。

●筋肉量減少と骨折は認知症へのワーストシナリオだ
「筋肉が衰える『サルコペニア』(サルコは『肉』、ぺニアは『減少』の意)は、老後の生活の質を各段に低下させる落とし穴になりかねないからです。・・・もしちょっとした骨折で何週間かベッドにいる羽目になっても、それくらいでは簡単に寝たきりになってしまわない程度の量の筋肉をあらかじめ身につけておく、ということが非常に重要になってくるわけです。また骨折すれば外に出て人と会うことができなくなりますし、家の中にいてもやりたいことがなかなかできなくなります。高齢者がこの状態を続けることで必然的に懸念されるのが、認知症を発症してしまうことです」。

●痩せたほうがいいのは50代まで、60代からは小太りで健康長寿を
「肥満気味の人は、50代くらいまではなるべくダイエットに励んだほうがいいでしょう。肥満は、サルコペニア(筋肉量減少)を併発した『サルコペニア肥満』となった場合、肥満が持つリスクに加え、身体機能の低下などのサルコペニアに特有のリスクがさらに上乗せされることが、この領域におけるコンセンサスになりつつあります。・・・60歳を過ぎたら、今度は痩せるために頑張るのではなく、体重維持、特に筋肉を落とさないことにエネルギーを注ぐ。健康寿命を伸ばすには、このプランを実行するのが最も効果的であると考えられます」。

●口のケアは覚悟を決めてやるしかない
「歯周病の管理は、やはりとても重要です。さらには歯磨きなどの口腔ケアが不十分だと口腔内に日和見菌が増加し、これが肺炎や気管支炎、腸炎などを引き起こすことがあることが近年広く知られるようになっています」。

●アメリカの患者会が参考になる
「難病や依存症の病歴のある人たちが集まって自分たちの体験を語り合ったり、情報交換を行ったりする『患者会』すらも、アメリカにかかると巧妙なビジネスになってしまいます。その代表例が、2005年にサービスを開始した『PatientsLikeMe(私のような患者たち)』というSNSです。このサイトにユーザー登録しているのは主に難病(ALS、パーキンソン病、うつ病、HIV、慢性疲労症候群など)を抱える患者さん本人やその家族たちで、彼らは自分の情報(性別、年代や、症状や服用している薬、検査値など)を入力することで同じ疾患を持つ人とつながって情報交換をしたり、病状の管理に活用したりします。一方でサイト側は、参加者が記入したデータを集積し、匿名化して製薬会社に販売するというのがビジネスモデルです」。

私たちの近未来に希望を抱かせてくれるだけでなく、健康について多くの気づきを与えてくれる一冊だ。