堀田善衞の山荘の書斎で、思う存分、読書ができたなら・・・【情熱の本箱(18)】
【ほんばこや 2014年3月1日号】
情熱の本箱(18)
『作家の住まい』(コロナ・ブックス編集部編、平凡社・コロナ・ブックス)は、読書好きにとって眼福が得られる写真集である。
北杜夫、永井荷風、川端康成などの書斎が豊富なカラー写真で紹介されているからだ。書斎だけでなく、住居全体の写真、見取り図、本人や関係者の文章も添えられている。
私が一番羨ましいと思ったのは、堀田善衞の「雑木林の夏の家 窓の外には胡桃(くるみ)の木」が印象的な、長野県茅野市北山の野趣に富んだ山荘である。
「窓が全開できる解放感あふれた書斎。この窓から胡桃やカラマツの木を眺め、野鳥や虫の声に耳を傾けた」。窓から見える雑木林の緑が素晴らしい。
「書斎の西の角に幅1間の片引き窓が2カ所設けられ、窓に沿ってブーメランのような形をした大きな机をつくった。3台のデスクライトを点し、書見台を4、5台ずらりと並べ、資料を丁寧に読みながら仕事を進めた。・・・机の傍らに煎茶の道具を置き、飲みたいときに自分でお茶をいれていた」。
長女の堀田百合子が、こう語っている。「標高1200メートル、街道筋からはかなり奥に入った緑深い谷戸に建てられた家。車の音も人の声も聞こえず、聞こえてくるのは風の音と川の水音、そして鳥の鳴き声。湿気も少なく、夏涼しいこの地で、夏から秋にかけて3、4ヵ月の間、父は仕事をしていました。・・・父の生涯の仕事の4分の1は蓼科で書かれたものでしょう、この家をパートナーとして」。何とも羨ましい限りである。
堀田善衞は私の最も好きな作家の一人である。こういう環境で、あの骨太な、それでいて繊細緻密な、そして無駄な部分がない作品が次々に生み出されてきたのだ。私もこういう環境なら、もっと深い読書ができ、もっと味のある文章を紡ぐことができそうな錯覚に襲われた。