臨床試験の生物統計学の過去、現在、そして未来・・・【山椒読書論(425)】
『生物統計学の世界』(大橋靖雄著、スタットコム)は、臨床試験を担当する医師、製薬企業、CRO、ARO、SMOなどにとって読み応えのある本だ。
著者が日本における臨床試験の生物統計学の歴史を体現する第一人者だけに、説得力がある。「(保健・医療の)分野において必須である生物統計学の教育がほとんど日本には存在しないことに愕然として、基本的な教育システムを大学・大学院・大学外で作りつつ、生物統計家としてがん分野を中心とする臨床研究、そして最近は疫学研究に取り組み、臨床研究ではデータマネジメント、CRC(臨床試験コーディネータ)、メディカルライターの育成を含む臨床試験の仕組みつくりに貢献した、というのが私のこれまでの仕事のサマリーです」。
生物統計家が目指すべきものは何か? 「臨床研究における生物統計家とは、臨床研究に独特の統計方法論を知った上で、数学あるいは単なる応用数学としてではなく、サイエンスあるいは技術評価としての臨床研究を、生産的に、しばしば仮説も明確にせずに研究に着手する医師研究者と巧みに協力し遂行する存在です。統計家・統計手法の貢献は、統計解析からデザインにその中心が移り、今や得られたデータの解釈とコミュニケーションに果たす役割が重要となっています。このコミュニケーションは医師・患者間のinformed choiceの基礎でもあります」。
著者が、「奥野研究室や開原研究室、そして私の研究室から出て活躍されている方々の紹介や、生物統計学の講座開設『秘話』も語られます。きわどい発言はだいぶ削りましたが、問題発言はまだ残っています。CRO、AROに対する展望もご参考となるでしょう」と語っているように、我が国の臨床試験の生物統計学の歩みを、鳥瞰的に(鳥の目で)、そして現場に立ち会った強みを生かして虫瞰的に(虫の目で)捉えた本書は、私たちに多くの示唆を与えてくれる。
「2013年に起こった降圧薬試験の不祥事は残念な出来事でした。その後起こった白血病臨床研究への製薬会社社員の関与、そして別の降圧薬臨床試験での利益供与問題と医師主導臨床試験の信頼性の問題がいっきにマスコミの報道するところとなりました」。まさに、こういう時期だからこそ、手にしたい一冊である。