庭のニホンヤモリの夜間定点観察の記録・・・【山椒読書論(507)】
春から秋にかけて、毎晩、律儀に出勤してきて、我が家のキッチンや浴室の網戸やガラスの外から白い腹を見せてへばりついているのは、トカゲに似た爬虫類のヤモリ(ニホンヤモリ、守宮<やもり>)である。指の裏が特殊な構造をしているので、ペタッと吸い付くことができるのだ。じっと動かずに待ち構えていて、カやガが明かりに引き寄せられてくると素早くパクッと食らいつく。指定席にヤモリの姿が見えないと、今日は体の具合が悪いのだろうかと気になってしまうほど、文字どおり我が家の家守(やもり)のような存在である。そして、たまに子ヤモリが室内に出没するのだが、そのかわいらしさと言ったら。
ヤモリについてはそれなりに知っているつもりであったが、『ニホンヤモリ 夜な夜な観察記』(鈴木欣司・鈴木悦子著、緑書房)から多くの知識を学ぶことができた。
本書は、根っからの動物好きのフィールドワーカーである著者夫妻が、埼玉の自宅の庭のヤマザクラの幹に現れるニホンヤモリを夜間に定点観察した記録である。
鮮明なカラー写真と、簡にして要を得た説明文によって、ヤモリの生態が臨場感豊かに描き出されている。
「ヤモリの活動は夜の8時頃からがクライマックス。野生美がほとばしり惚れ惚れとするが、ヤマザクラの木肌にすっかり同化してしまうと見とれてばかりはいられない。ひとたびその姿を見失うと、また探し出すのが大変である」。
「ウンモンクチバ(ガの一種)に気付いてから近付くまでには42秒かかったが、狙いを定めてから飛びかかるのはたった4秒だった。気の強いウンモンクチバに向かい合ったヤモリの真剣な目つきからは、ふだんとは違った気迫が感じられ、見事にガをゲットすると、得意満面の様子であった」。
「アオバズクがサクラの横でホバリングする。ヤモリを狙ったのか?」。
「ヤモリはカメレオンのように顕著ではないが、周囲の環境によって体色の濃淡を変えることができる」。長いことヤモリと付き合ってきたが、体色変化のことは知らなかったなあ。
「(獲物の近くに)ヤモリはそっとやってきてはこんな風に尻尾振りダンスを披露するのだが、この行動はいったい何を意味するのだろうか。挨拶? 威嚇? それとも挑発行為? いろいろ考えてみたが、まだ観察不足で分からない」。
「ヤモリの声が聞き取れるのは10mくらいの範囲で、それ以上になるとほかの音にかき消されてしまう」。残念ながら、私は未だ聞いたことがないが、どんな鳴き声なのだろう。
「夏のヤモリは、尻尾切りの個体が実に多く見られる。自然を生き抜いていくための厳しさや試練を如実に物語っているようだ」。「ヤモリもトカゲやカナヘビなどと同様に尾が切れやすい。捕食者からの難を避けるためや、雄同士の恋の鞘当などで自ら尾を失うことが多々あるようだが、どの種も再生力が強く、それほど日数がかからないで再生する。再生尾は太くて短く、境目が鮮やかだ」。
「爬虫類の脱皮は、成長とは特に関係なく、新陳代謝のために一定の時期を隔てて一生にわたり何回も繰り返される。そのため、ヤモリも古い表皮をかなぐり捨てて新しい表皮に取って代わる『脱皮』を行うのだ」。
「変温動物のヤモリは季節の変わり目の長雨、梅雨寒や強い風などの気温低下、暑夏時の夜の急な冷え込みなどで寒くなると姿を見せない。休眠(活動の一時的な停止状態)に入って2、3日ほどまどろむ生活を貫き通すのだが、その間、餌をとらなくてもかなり耐えられるようだ」。
「晩夏の頃から庭先でカネタタキの成虫を目にする。夜間、どのヤモリもカネタタキを見つけると難なく生き餌にしている」。我が家の庭でも、その季節にはカネタタキ(鉦叩き)がチッチッチッチッと鉦(かね)を叩くかのように微かな声で鳴く。
「これから本格的な冬が来るまでの間は、家の壁のすき間や小屋のなかで、クモや小昆虫を食べて過ごすのだろう。そして風が吹き込まず、気温の変動の少ないところを見つけて冬眠に入る」。
ヤモリが木造家屋に棲み着くのはなぜか。「羽目板、天井、戸袋、納戸、壁のすき間などは絶好の泊まり場となるだけでなく、家の明かりに集まるガ(蛾)のほか、小昆虫、クモなど居ながらにして餌にありつけるのだ」。
ヤモリは何を食べるのか。「ガ、ガガンボ、クモ、アリを食べる」。
ヤモリの雌雄は、どうやって見分けるのか。「成体であればヤモリの尾の付け根部分の膨らみ方が大きければ雄、小さければ雌とほぼ判断できる」。この見分け方なら、私にもできそうだ。今度、我が家に現われたら、早速、試してみよう。