なぜ途中で止めてしまうのかと、登場人物たちに聞きたくなる短篇集・・・【情熱の本箱(36)】
ノーベル賞を受賞した短篇の名手という触れ込みなので、『ディア・ライフ』(アリス・マンロー著、小竹由美子訳、新潮クレスト・ブックス)を読んでみた。
他人の評価は参考にするが鵜呑みにはしないタイプの私にとって、本短篇集は何とも不可解な作品の連続であった。どの短篇の登場人物も、特別な理由も説明もなく、なぜかやりかけた物事を途中で止めてしまうからである。エドガー・アラン・ポー、ギ・ドゥ・モーパッサン、アントン・チェーホフ、芥川龍之介、井伏鱒二らを持ち出すまでもなく、国内外の優れた短篇とは明らかに異質だからである。しかし、この異質さがマンロー・ファンを惹きつけているのかもしれない。
「アムンゼン」のヒロインは、病院の教師として赴任した先で、かなり年上の医師との結婚を決意する。結婚式を挙げるためのドライヴ中に、「彼の無頓着な運転ぶりに、わたしは欲情を掻き立てられる。彼が外科医であることも刺激的なのだ、自分で認めるつもりはないが。今この瞬間、わたしは彼のために、どんな沼地だろうがじめじめした穴だろうが身を横たえることができるだろう、彼が立位を望むなら、どこの道端の岩に背骨を押しつけることになったって構わない。こんな思いは決して口にしてはならないこともわかっている」。ところが、何ということだろう。彼は、突然、結婚を取り止め、彼女を故郷に送り返してしまうのだ。「彼の声音には新しい響きが、陽気といっていいようなところがある。ほっとしたような荒っぽいところが。彼はそれを抑えようとしている、わたしが行ってしまうまでは、ほっとした気持ちを表に出すまいと」。
「それから二人はそっと二階へ上がり、彼は客用寝室のベッドに入った。彼女の訪れはきっと双方合意の上でのことだったに違いないが、おそらく彼は、なんのためかということをあまりよく理解していなかったのだろう」。「列車」の主人公は、結婚を意識して付き合っている女性の前から突然、姿を消してしまう。そして、ずっと後のことだが、「あの列車から飛び降りた男、痩せこけて神経を苛立たせた兵士」の彼は、「健康な労働のにおい、それにたぶん牛の皮のにおいを放っていた」16歳年上の女性と暮らすようになる。ところが、彼は、悪性腫瘍で入院中の彼女に「また明日」と告げただけで、遠くへ立ち去ってしまう。
やり始めたことは最後までやり遂げる、一度始めたことは長期間に亘って継続するという窮屈な生き方をしてきた私は、物事を途中で止めてしまった登場人物たちに、「君は、なぜ途中で止めてしまうのだ」と詰問したくなる。こういう気持ちにさせられるというのは、作品の力かもしれない。