生物進化に関する私の知識・情報を更新してくれた本・・・【情熱の本箱(104)】
生物進化については最新情報収集に努めているつもりであったが、『生命大躍進』(NHKスペシャル「生命大躍進」制作班編、NHK出版。出版元品切れだが、amazonなどで入手可能)には教えられることが多かった。
「地球上に生命が誕生して約40億年。はじめはたった1つの細胞だった。そしていくたびもの大躍進を経て、私たちヒトが生まれた。植物から目の遺伝子を獲得、ゲノムが4倍に増えたことでカメラ眼(がん)にバージョンアップ、ウイルスの感染がきっかけで胎盤による子育てが始まる――。ブレーキ遺伝子が故障したことで大きな脳を獲得。さらに、遺伝子のわずかな変化で言葉が発達――。いずれも、信じられないような偶然の積み重なり。今を生きるすべてのヒトは、そんな奇跡の物語を体の中に刻み込んでいるのだ――」。この奇跡の連なりが、イラスト、写真、系統図、文章でヴィヴィッドに展開されていく。
隅から隅まで興味深い内容ばかりだが、私にとって未知の知識・情報に絞って紹介していこう。
「生命のもとは宇宙から――地球が誕生した頃、太陽系には微惑星と呼ばれる小さな天体があった。総数は数百億個。それらのうちいくつかが地球の重力に引き寄せられて、次々に地表に衝突する。こうして到達した微惑星の中に、海の水や生命の材料があったといわれている」。40年前に読んだ『灼熱の氷惑星――地球との接触でノア大洪水が再襲来』(高橋実著、原書房。出版元品切れだが、amazonなどで入手可能)の仮説は、当時は学界から無視されたが、基本的には正しかったわけだ。
「じつは現在も氷河時代――地球の歴史の中で、氷河のある時代を『氷河時代』とよぶ。そして、氷河時代の中でもとくに寒い時期を『氷期(俗にいう氷河期)』とよび、比較的暖かい時期を『間氷期』という。現在は、高山などに氷河がある一方で、厳しい寒冷気候というわけではないので、間氷期にあたる」。恥ずかしながら、氷河時代は遠い過去のことだと思い込んでいた。
「植物からもらった目の遺伝子――アブドラ国王科学技術大学の五條堀孝博士とゲーリング博士は『もともと植物がもっていたロドプシン遺伝子を、動物がもらったことで目が生まれた』という仮説を立てた。・・・『クラゲのような動物が植物プランクトンを食べた際、偶然、植物の細胞が消化されずに生殖細胞の中に入り込んでしまったことがあったのでしょう。そして生殖細胞が分裂してDNAが露出しているときに、たまたま植物プランクトンのDNAもまき散らされ、動物のDNAの中に植物のロドプシン遺伝子が混ざってしまったと考えられます』(五條堀孝博士)。さらに2014年にアメリカで、光合成をするウミウシ『エリシア・クロロティカ』のDNAから海藻のDNAが発見された。植物から動物へDNAが移動する実例は確かにあったのだ」。この最新情報には、本当に驚いた。
「恐竜とはどんな動物?――簡単にいえば、恐竜は『直立歩行をする陸上爬虫類』である(実際にはほかにも多くの特徴がある)。『直立歩行』とは、哺乳類と同じように体の真下に向かって四肢が伸びることを指す。魚竜類や首長竜類、翼竜類などはこの特徴を満たしておらず、恐竜とはよばない」。恐竜がこんなに限定されたものとは知らなかったなあ。
「ブロントサウルス、復活か!?――20世紀の恐竜図鑑に掲載されていたブロントサウルスは、アパトサウルスと同一であるという指摘がなされ、近年の図鑑から消えていた。しかし2015年春、『両種は近縁だけれども、じつは別の恐竜だった』という論文が発表された。近々、ブロントサウルスが『復活』するかもしれない」。ブロントサウルスが図鑑から消えた理由を知ったのは、そんなに前のことではないのに・・・。
「遺伝子の『故障』が脳を巨大化させた――哺乳類が大脳新皮質を獲得したきっかけは、何だったのだろうか。大脳新皮質の発生メカニズムを研究している理科学研究所の花嶋かりな博士によると、脳が形成されるときにはたらく遺伝子の中には、アクセルの役割をもつものとブレーキの役割をもつものがあるという。・・・(爬虫類などとは異なり)哺乳類では一時的に『ブレーキ遺伝子』が『故障』してきかなくなるという。ブレーキ遺伝子のそばのDNAがわずかに変異したことがきっかけで、そこにタンパク質(FOXG1タンパク質)がくっつき、ブレーキ遺伝子のはたらきを抑えこんでしまう。ブレーキをかける物質がつくられなくなってしまうことで、アクセルだけがはたらいた結果、脳の細胞がさかんに増殖し、大脳新皮質が形成される要因の一つになった」。この新情報にも驚かされた。
「ネアンデルタール人とホモ・サピエンスの明暗を分けたもの――ドイツ・チュービンゲン大学のニコラス・コナード博士は『ネアンデルタール人は昔からのやり方だけで暮らしていました。一方、ホモ・サピエンスはより創造的で、問題をすばやく解決する能力がありました』と語る。・・・2010年にネアンデルタール人の全ゲノムが解読されたが、言語にかかわるFOXP2遺伝子の主要な部分についてはヒトと変わらなかった。では、どこに違いがあるのだろう? さらに分析を進めると、遺伝情報が記録されていない部分でアミノ酸をつくる塩基の、ある1か所に違いがあることがわかった。ネアンデルタール人では『A(アデニン)』となっている部分が、ヒトでは『T(チミン)』に変わっている。ドイツのマックスプランク進化人類学研究所のトミスロフ・マリチッチ博士は、『このAからTへの変化がFOXP2のはたらき方を変え、ほかの遺伝子へも影響を及ぼした結果、言語能力を飛躍的に向上させたと考えられる』と語る。言葉が複雑になったことで、知識を大人数で共有したり、世代を超えて語り継いだりすることができるようになった。言葉はいわば『知性を伝える遺伝子』として、ヒトの大躍進を推し進めたのかもしれない」。正直言って、この説明にはいささか物足りなさが残る。
何と言っても圧巻は、人類の系統図だ。人類の系統図は、新たに化石が発見されるたびに書き加えられてきたため、混乱してしまう。その点、本書の系統図はすっきり整理されているので、頭の中の混乱を鎮めることができた。初期猿人、猿人、原人、旧人、新人が色分けされているだけでなく、それぞれの相互関係が「関係がありそう」、「関係があるかもしれない」で色分けされた線で結ばれているので、実に分かり易い。長年に亘り、いろいろな書籍に人類系統図が掲載されてきたが、私の知る限り、本書の系統図がすっきり感で類書を圧倒している。
サヘラントロプス・チャデンシス(700万~600万年前)→オロリン・トゥゲネンシス(620万~560万年前)→アルディビテクス・カバダ(580万~520万年前)→アルディピテクス・ラミダス(450万~430万年前)→アウストラロピテクス・アナメンシス(420万~390万年前)→アウストラロピテクス・アファレンシス(370万~300万年前)→アウストラロピテクス・ガルヒ(250万~230万年前)→ホモ・ハビリス(240万~160万年前)→ホモ・エレクトス(180万~3万年前)→ホモ・ハイデルベルゲンシス(60万~20万年前)→ホモ・サピエンス(20万年前~現在)が、ホモ・サピエンスに至る主要ルートであるが、これ以外に、アウストラロピテクス・アファレンシスから2ルートが延びている。また、ホモ・エレクトスからも2ルートが延びている(そのうちの1つがホモ・フロレシエンシス<7万4000~1万7000年前>)。さらに、ホモ・ハイデルベルゲンシスからはホモ・ネアンデルタレンシス(35万~4万年前)へのルートが示されている。私が人類進化に興味を抱き始めた頃は、アウストラロピテクス・アファレンシスが系統図の起源部分に書かれていたことを思うと、隔世の感がある。
身近に置きたい一冊である。