信長の心の内に分け入ったフィクション――『信長公記』ならぬ『信長私記』・・・【情熱的読書人間のないしょ話(343)】
今年は、例年ならソメイヨシノより早く咲くエドヒガンの薄桃色の花と、ソメイヨシノのほんのり桃色の花を同時に楽しむことができます。ユキヤナギも頑張っています。倒木から垂直に何本も伸びている枝に生命力の力強さを感じます。スズメが水溜まりで水浴びをしています。今年は、例年よりモンシロチョウを多く見かけます。因みに、本日の歩数は10,076でした。
閑話休題、『完本 信長私記』(花村萬月著、講談社)は、織田信長が自分の心の内を率直に語るという体裁をとったフィクションです。
信長が松平元康(後の徳川家康)をどう思っていたか、木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)をどう見ていたか、前田犬千代(後の前田利家)とどういう関係にあったのかなども興味深いのですが、やはり、明智光秀に対する気持ちが一番気になります。
「(秀吉や森乱<森蘭丸>とは)逆に明智光秀など、このつうかあがまったく利かない。謹厳実直にして完璧ではある。じつによく働くし、命令に忠実で、やることなすことそつがなく、けちの附けようがないから、よけいに苛立たしい。とはいえ家臣団においては、初めて一国一城の武将として光秀を遇してやった。仕えてわずか三年にして滋賀郡を与え、坂本城の筑城費用に黄金千両を与えた。皆が羨んだが、その有能さと怜悧な働きを認めざるを得なかったからである。ちなみに秀吉に城を与えたのは、その二年後である。いまでは光秀に最初に与えたことを後悔している。まずは秀吉に与えるべきであった。なにせ秀吉は猿と呼ばれて憤りもするが、光秀はキンカ頭とその薄い髪をからかっても無表情で、けれど己を抑えこんで堪え忍んでいることがじわりと伝わって、愛嬌のないことこの上ない。秀吉は芸として怒るべきときに怒ってみせる。なかば本気で怒る。かわいげの塊だ。どうすれば相手がよろこぶか、完璧に悟っている。まさにつうかあなのである。けれと光秀は掌のなかに厭な汗などかきつつ気配をころして耐えることしかできぬ」。「明智光秀。猿以上に切れるがゆえ、男と男のつうかあがわかるようになれば最強だ」。
「あれこれいっても畿内を統べる大軍団をまかせることのできるのは、母堂の死後、性根が見事に入れ替わり、目つきも鋭く据わってきた冷徹な光秀くらいのものである」。光秀の最愛の母は、信長が敵との約束を違えたため、敵に殺されてしまったのです。
「ただし好悪をいえば、やはり光秀には虫酸が走る。最近は目の当たりにすると、なぜかますます苛立たしい。そこで難癖をつけ、いたぶってやる。すると以前は奥歯など食いしばってじっと耐えてみせたものだが、いまでは無表情に平然と構えているから、さらに苛立ちが増す。とにもかくにも凌辱したくてたまらなくなる。ずばぬけて役に立つ重臣ではあるが、微妙な奴ではある。・・・もちろん損得勘定からして今後も明智光秀を蔑ろにするつもりはない。使える道具は、使い潰すまで。せいぜい虐げてやって、なおかつ重用してやる」。
「光秀は秀吉の下に入ることに露骨な難色を示しはせぬまでも、どこか不服そうな気配だったという。戦功を上げればよし。もし大した働きができなかったならば、見せしめのためにも光秀をとことん折檻してやることに決めた」。これでは、光秀が信長を殺したくなるのも当然と思えてきてしまいました。
光秀から話が離れますが、信長の嫡男・織田信忠と家康の嫡男・徳川信康との人物評価比較が興味深く描かれています。「いまはよいのだ。いまは、よい。だが織田が信忠の代になり、徳川が信康の代になったときは、どうか」。信忠より優秀な信康を恐れ、難癖をつけて家康に信康を殺させてしまうのです。