榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

アインシュタインの夢が叶う日・・・【リーダーのための読書論(32)】

【医薬経済 2009年11月1日号】 リーダーのための読書論(32)

私たち人間は、1つの恒星(太陽)の周りで公転する小さな惑星(地球)上に住んでいるが、その恒星は天の川銀河の片隅にある平均的な星に過ぎず、その天の川銀河は何千億個もある銀河の1つに過ぎない。このことを知っただけでも宇宙の底知れぬ巨大さ、不思議さを実感することができるが、『宇宙を織りなすもの――時間と空間の正体』(ブライアン・グリーン著、青木薫訳、草思社、上・下巻)には、さらに驚くべきことが記されている。

物理学者たちは過去数世紀に亘り、表面的にはさまざまに見える現象が、実は1組の物理法則によって支配されていることを示すことにより、自然界についての知識を整理・統合しようと努めてきた。その代表選手であるアルバート・アインシュタインはこの「統一」という目標、すなわち、できる限り少数の物理法則で、できる限り多様な現象を説明するという目標に近づくことに、生涯、情熱を燃やし続けたのである。

アインシュタインは特殊相対性理論と一般相対性理論という2つの相対性理論により、アイザック・ニュートンの宇宙像を打ち倒し、空間と時間、そして重力の統一を成し遂げたが、この成功に甘んずることなく、一層大きな目標に立ち向かったのだ。アインシュタインは自然界の全ての法則を、たった1つの枠組みに取り込むことを夢見たのである。彼はその枠組みを「統一理論」と呼んだ。彼は人生最後の30年間を統一理論の研究に注ぎ込んだが、その夢は叶えられなかったのである。

アインシュタインが世を去って数十年が経つうちに、未完に終わった彼の探究を引き継ごうとする物理学者が増えてきて、今日では、統一理論を作ることが、理論物理学における最重要課題の1つとなっている。物理学者たちはかなり以前から、統一理論の実現を妨げる最大の障害は、一般相対性理論とエルヴィン・シュレーディンガーの量子力学という20世紀の物理学の間に根本的な軋轢があることだと気づいていた。どちらの理論も、どんな領域でも使える汎用理論だということになっているが、通常、これらの2つの枠組みは、それぞれ大きく異なる領域に対して用いられる。すなわち、一般相対性理論は星や銀河のように大きなものに対して、量子力学は分子や原子などの小さなものに対して用いられる。なぜなら、これらの2つの理論をまぜこぜにすると、方程式から馬鹿げた結果が出てきてしまうからである。

しかし、ごく少数ながら、一般相対性理論と量子力学の効果を同時に考慮しなければならない領域がある。その1つは、質量が大きく、なおかつサイズが小さい体積に押し込められたブラックホールの中心部だ。そしてもう1つは、観測可能な全宇宙が、1個の原子よりも遥かに小さい体積に押し込められていたと考えられるビッグバン直後の宇宙である。一般相対性理論と量子力学との関係が改善されない限り、星の重力崩壊と宇宙の起源は永遠に謎のままということになってしまう。

一般相対性理論と量子力学を統一するという夢を決して諦めなかった者たちの努力は、漸く報われつつある。大きなスケールと小さなスケールの法則が統合される日が近づきつつあるのだ。統一理論の最有力候補として多くの人に認められているのが、超ひも理論である。下巻で、この超難解な理論が、この理論の研究者である著者によって丁寧に解説されている。