榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

クリスティーの作品群の縦糸は「大英帝国」、横糸は「観光」と「田園」・・・【情熱的読書人間のないしょ話(840)】

【amazon 『アガサ・クリスティーの大英帝国』 カスタマーレビュー 2017年8月8日】 情熱的読書人間のないしょ話(840)

散策中、群生して黄色い花を咲かせているメマツヨイグサを見かけました。ワルナスビの白い花は、よく見ると気品があります。ベニバナインゲンが橙色の花を空に伸ばしています。ヒマワリも頑張っています。ホオズキが橙色の実を付けています。ザクロの実が赤く色づいてきました。イチジクの実も赤みを帯びてきました。トマトの実が鈴生りになっています。因みに、本日の歩数は10,048でした。

閑話休題、『アガサ・クリスティーの大英帝国――名作ミステリと「観光」の時代』(東秀紀著、筑摩選書)は、アガサ・クリスティーのミステリ・ファンには堪らない一冊です。

著者は、「大英帝国」とクリスティーの作家活動期間は密接な関係にあるというのです。「彼女(クリスティー)が作家として活動した期間は、ちょうど1920年代から1970年代までと、およそ半世紀に及ぶ、大英帝国が大きく変貌した時代とも重なっている。特に戦前の英国は世界的帝国として史上最大の版図を支配し、『世界の銀行』を謳歌した絶頂期で、そんな時代に首相や貴族、富豪、外国の王族から依頼を受けて難事件を解決し、中東をはじめ海外の植民地でも活躍するのが、彼女の創造したベルギー人の名探偵エルキュール・ポワロだった。しかし、第二次世界大戦が起き、英国は苦難の末に勝利したものの、戦後は植民地の多くを失い、帝国瓦解の憂き目をみるに至る。作品の舞台から、海外はほとんど姿を消し、ポワロに代わって登場回数の増えた独身の老嬢ミス・マープルをはじめ、探偵たちの行動範囲は国内、それも田園に狭まっていく。そこで描かれるのは、帝国の解体と社会福祉政策によって、もたらされた英国人たちのライフスタイルの変化である」。

クリスティーの作品群を貫く縦糸を大英帝国とすれば、横糸は当時の人々のライフスタイル――戦前の「観光」、戦前・戦中・戦後の「田園」ということになるというのです。

横糸の「観光」については、こう分析されています。「彼女(クリスティー)の主たる視点の一つにあったのが、『観光』であった。それは観光地トーキーで生まれて少女時代までを過ごし、最初の結婚後の世界一周旅行、二番目の夫が中東の遺跡を発掘する考古学者だったなどの私的経験があったろう。それに加えて、作家としての彼女にとって重要だったのは、自分の生きた20世紀が、まさに観光の世紀であったことだった。観光にこそ、20世紀を特徴づける人間の希望と憧憬、野心と欲望が含まれており、特に英国を支えてきた中産階級のそれが感じ取れるように思えたのであろう」。

「田園」は、このように論考されています。「クリスティーのミステリを読み解くと、わたしは多くの英国の読者たちが彼女の描く田園にひかれていったのには、以下の理由があったと思う。クリスティーの田園は途中で殺人が起きても、最後にユートピアに回復することが約束されている」。

「英国の人々が、なお心のなかで変わらず持ち続けているものに、『田園』への憧憬がある。それは単に農地や村といった物理的な事象だけではなく、むしろそこで営まれるライフスタイル、経済社会であり、文化芸術をも含むものだ。田園の憧憬がなければ、彼らは第二次世界大戦も戦い抜けなかったろうし、戦後保守・労働党の二大政党制の下でも、社会福祉の理念を共有・継続することはなかったに違いない。アガサ・クリスティーが生涯にわたり、ミステリの舞台として、田園を取り上げたのも、英国人のもつその憧憬を描きたかったからであろう」。