高校生も遺伝子を編集できる時代がやってきた・・・【MRのための読書論(150)】
魔法の杖
高校生も遺伝子を編集できる時代がやってきた。というのは、今や、私たちは遺伝子編集の魔法の杖を手にしているからである。
『CRISPR(クリスパー) 究極の遺伝子編集技術の発見』(ジェニファー・ダウドナ、サミュエル・スターンバーグ著、櫻井祐子訳、文藝春秋)の第1部では、この遺伝子編集技術・CRISPRがどういうものなのか、どういう経緯で開発されたのかが、スリリングかつ感動的に描かれている。
第2部では、CRISPRの研究の劇的な進展と利用の急速な拡大が具体劇に紹介されている。
医学的貢献
「細菌がウイルスに感染しないために持っている免疫システムを、遺伝子の編集に利用できる。私たちが、その技術CRISPR-Cas9を発表したのが2012年。以来、遺伝子を数時間で編集できるこの技術が、人類史上類をみない変化をひき起こしている」。
当然のことながら、人間の遺伝子も自在に編集できるのだ。「病気の治療において、CRISPRは人間の患者の変異遺伝子を直接編集、修復する可能性を秘めている。これまでの研究成果はCRISPRの能力のほんの片鱗を示しているに過ぎないが、ここ数年間の前進には目覚ましいものがある。ヒトの培養細胞での実験で、この新しい遺伝子編集技術を使って嚢胞性線維症や鎌状赤血球症、一部の型の盲目症、重症複合免疫不全症(SCID)など、多くの疾患の原因となる遺伝子変異が修復されている。CRISPR技術を使えば、ヒトゲノムを構成する32億文字のなかから、たった1文字の誤りを探し出し、修正するという離れ業ができるが、さらに複雑な編集を施すことも可能だ。たとえば変異遺伝子の損傷部位だけを取り除き、それ以外の必要な部分を残すことによって、デュシェンヌ型筋ジストロフィーを引き起こすDNAの異常を修復する実験が成功している。また研究者は血友病Aの治療として、CRISPRを使って患者のゲノムの逆位した50万字以上の領域を修復することに成功している。CRISPRはHIV(ヒト免疫不全ウイルス)/エイズの治療手段としても期待される。患者の感染細胞に組み込まれたHIVのDNAを切断するか、患者の細胞をHIVに感染しないように編集する方法が検討されている。遺伝子編集技術を利用した治療法は、まだまだほかにも開発中である。CRISPRによって高精度な遺伝子編集が以前と比較して容易になったおかげで、少なくとも原因となる変異が特定されているすべての遺伝性疾患が、治療可能な対象になったのだ。遺伝子を編集してがん細胞を認識・攻撃するようにした免疫細胞が、すでに一部のがんの治療に用いられ始めている。CRISPRを利用した治療が普及するのはまだ先のことだが、とてつもない可能性はすでに明らかになっている。遺伝子編集は患者の人生を変え、命を救う治療法を約束するのだ」。対症療法でなく、原因療法であることに、大きな意義があるのだ。
深遠な影響
CRISPR技術の影響は、医学的貢献に止まらない。「生きている人間の病気を治療するだけでなく、未来の人間の病気の予防にも利用できるのだ。CRISPR技術はきわめて単純で効率性が高いため、ヒト生殖細胞系を、つまり世代を超えて受け継がれる遺伝情報の流れを編集するためにも利用できる。この技術が――いつかどこかで――人間のゲノムに次世代に伝わる遺伝子改変を導入するために使われ、人間の遺伝子構成を永久的に変えてしまうことはまちがいない。・・・現生人類が出現してからの約10万年間、ホモサピエンスのゲノムはランダムな突然変異と自然選択を両輪にして形成されてきた、しかし今や私たちは、生きているすべての人間のDNAだけでなく、次世代のDNAをも編集する力を、つまり私たち人類の進化を方向づける力を史上初めて手にしている。これは地球の生命史上未曾有の事態、私たちの理解を超えたできごとである。私たちは、次の答えようがないが根源的な問いに向き合うべき時期に来ている――私たち人類は、意見の一致をあまり見ない、対立の絶えない種として、この驚異的な力を何に使うつもりなのか?」。この魔法の杖を創り出した著者自身が、誰よりも、CRISPRの未来に危機感を抱いているのだ。
本書は、医療関係者、医薬品関係者にとって必読の一冊だと断言できる。
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