肌の色、人種差別、男女の愛、人間の幸福について考えさせられる小説・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1181)】
千葉・柏の「あけぼの山農業公園」のヒマワリ畑は青々としていて、花はぽつんぽつんとしか咲いていません。因みに、本日の歩数は10,247でした。
閑話休題、『黒い魔術』(ポール・モラン著、吉澤英樹訳、未知谷)には、ポール・モランの黒人世界をテーマとする8つの短篇が収められています。
この中で、私がむせ返るような強烈な迫力に圧倒されたのが、『さらばニューヨーク!』です。
ニューヨークの富裕者向けの豪華客船マンモス号での97日間アフリカ周遊クルージングで、最上級の客室に入ったミステリアスで魅力的な若い女性、パメラ・フリードマンが主人公です。
やがて、彼女には黒人の血が流れているという噂が船内を駆け巡ります。嫌がらせに遭い、恋仲になった素敵な若者との恋も破れてしまいます。
アフリカ大陸初の寄港地で、事件が起こります。誰かの意地悪により、午後10時と思い込まされていた出航時刻が実際は午前10時だったため、マンモス号は奥地まで行っていたパメラを残して次の寄港地へと立ち去ってしまったのです。「『どうだい、ニグロ女を船からうまく追い出すことができたぞ!』と、本音を吐露している者たちもいるだろう」。
一時は怒り狂ったパメラだが、優しく接してくれる、この地方の行政官のコルシカ人と親しくなります。「昨日知り合ったばかりの男と過ごすこの簡素な生活が、彼女にはまったく自然なものに見える・・・。行政官はこのアメリカ女に近づいた。彼は恭しく優しく接してくれたが、その扱いの背後にオスである王――黒人の国のしきたりに従っている王だ――の匂いを嗅ぎ取った。彼はなれなれしい態度でパメラのむき出しの腕の上に手を置いた。『わたしは10年前からここにいるのです・・・まったくマリア様が降臨でもされたのかと思いましたぞ、いやいや・・・鼻に輪っかを通していない女が、つまり、その、ほんとうの白人女性が、空から落ちてくるなんていうことは滅多にないことなのですよ・・・』」。パメラに流れている黒人の血は8分の1なので、白人に見えるのです。
パメラは次の船には乗らず、このコルシカ人の男とアフリカの僻地で暮らし始めます。「彼女は、途方もない様相を呈する巨大なジャングルのそばで、ブッシュマンやハンターたちや粗忽な植民者たちに囲まれて暮らし、幸福を感じている。彼女は、自分をいまほど身軽で自由に感じたことはなかった。彼女はチーターを育て、彼女のことを『司令官夫人』とよぶ民兵たちに命令を下している。水着がないので、彼女は裸でカヌーに乗って体を洗う。晩餐には、招待客の数より多くの酒瓶を用意する」。
「かつてパメラはほかの人びととおなじように『黒人はおぞましいわ』と言ったものだった。しかし、今では彼女は、彼らのピンク色の口や、完璧にまっすぐ伸びたスリムな体つき、情熱的で純粋な腰の曲線、すべすべの肌、優雅な生き方、ゆっくりと誇らしげに進む両足の上にある不動の上半身、それらすべてを賞讃していた。彼女はあまりにも熱心にこの血を羨んだので、獣たちの毒のある噛み傷も、アフリカ特有の恐ろしい病気も、彼女を怯ませる材料にはならなかった。アメリカのニグロとはどれほど異なっていることだろうか」。
族長の息子だが、捕虜となり、パメラの護衛役を務めている漆黒の黒人男と、この男の部落を訪れます。「彼女はこれまでこれほど野性的で美しい人間を見たことがなかった」。「ニグロの濃厚な麝香のような香りが彼女を打ちのめした。しかし、彼女の鼻腔はその香りを吸いこもうとするのを止めることはなかった。彼女は自分が黒人世界に入っていくのだと感じていた。彼女はその中で溺れていたのである」。
「彼女はニセモノの白人でいることにうんざりしてしまった! なぜ借り物に過ぎない進歩を自慢したりする必要があろうか? 彼女にとっての進歩とは驚くべき調和のとれた合一によって、祖先の土地へ帰っていくことだった・・・女性らしさとは、この大陸の途方もない母性のことだ! ニグロ女はこの暗黒大陸の女王たちなのだ」。
「さらば、ニューヨーク! パメラ・フリードマンはアフリカの腹の中へ帰って行った。・・・今や彼女は彼らの立派な一員だった」と、物語は結ばれています。
肌の色について、人種差別について、男と女の愛について、人間にとっての幸せとは何かについて――考えさせられる作品です。