恐竜の誕生期、台頭期、最盛期、絶滅期を俯瞰的に辿ることができる一冊・・・【情熱の本箱(293)】
『恐竜の世界史――負け犬が覇者となり、絶滅するまで』(スティーヴ・ブルサッテ著、黒川耕大訳、土屋健日本語版監修、みすず書房)のおかげで、恐竜の盛衰史――誕生期、台頭期、最盛期、絶滅期――を俯瞰的に辿ることができる。それだけでなく、随所で言及される古生物学者たちの苦労話が、この学問に対する親近感を深めてくれる。
「恐竜はどこから来て、どうやって支配者に成り上がったのか。どのようにして巨大化し、あるいは羽毛と翼を発達させて鳥に進化したのか。そして、なぜ鳥以外の恐竜が滅び、その結果として現代の世界に至る道が拓け、私たち人類が誕生することになったのか」。
「(アルゼンチンの)イスチグアラストにいた最初の恐竜たちは支配者ではなかった。そばで暮らしていた両生類や哺乳類の親戚やワニのほうが、大きくて種類も豊富で、時折洪水に見舞われる三畳紀の乾燥した平原において目立っていた。エレラサウルスでさえ食物連鎖の頂点に君臨していたわけではなかっただろう。王者の称号は、全長7.5メートルに達する残忍なワニ系統の主竜類サウロスクスにこそふさわしかった。さはさりながら、恐竜は表舞台に上がった。3つの主なグループ(肉食の獣脚類、長い首を持つ竜脚類、植物食の鳥盤類)はすでに枝分かれしていて、それぞれ独自の種族を築きつつあった。恐竜が進軍をはじめたのだ」。
「時代は三畳紀が終わりを迎えようとしている2億100万年前だ。恐竜の姿は確認できるが、周りにわんさといるわけではない。地域によってはその存在に気づけないことすらあるだろう。湿潤地帯の恐竜群集はわりと多様だった。竜脚形類はキリンほどの大きさにまで進化し、もっとも優勢な植物食動物になっていたが、肉食の獣脚類と植物食か雑食の鳥盤類は、ずっと小さく数も少なかった。もっと乾燥した地域に目を向けると、そこにいたのは小型の肉食恐竜だけで、植物食恐竜や中・大型の肉食恐竜は、超季節性の天候とメガモンスーンに耐えられず、生息できずにいた。ブロントサウルスやティラノサウルスの大きさに多少なりとも近づいた恐竜さえおらず、超大陸のどこを見渡しても偽鰐類のほうがずっと多様で格段に繁栄していて、恐竜は強大な宿敵に抑えつけられながら暮らしていた。・・・誕生からおよそ3000万年。恐竜が世界規模の革命を仕掛けるのはまだ先のことだ」。
「この組み立てキット(=長い首、成長率の速さ、効率のいい肺、骨格を軽くするための気嚢、または体を冷やすための気嚢)が火山噴火後のジュラ紀の世界でついに完成した時、竜脚類は、古今のあらゆる動物に真似のできないことをできるようになった。竜脚類は途方もなく巨大化し、たちまち世界中を席巻した。威風堂々と支配者の地位に上り詰めたのだ。そして、それから1億年ものあいだ支配者であり続けた」。ジュラ紀に至って、真の恐竜時代が幕を開けたのである。
「1億4500万年前、ジュラ紀が終わり、恐竜進化の終幕期である白亜紀がはじまった。・・・巨大で獰猛だったカルカロドントサウルス類。それでも、いつまでも頂点に君臨していられるわけはない。カルカロドントサウルス類のそばで、その陰に隠れるようにして生きていた肉食恐竜の一族がいた。もっと小柄で、もっと俊敏で、もっと頭の良い連中だ。その名はティラノサウルス類。このあとまもなく行動を開始し、新たな恐竜王国を興すことになる」。
「白亜紀の最後の2000万年間、ティラノサウルス類は北アメリカとアジアで繁栄し、峡谷のほとり、湖畔、氾濫原、森林、砂漠を支配した。大きな頭、たくましい体、貧相な前肢、ムキムキの後肢、長い尾。その特徴的な風貌は見間違えようがない。獲物を骨ごと噛み砕けるほどに噛む力が強く、10代に1日2キロ余りのペースで体重を増やすほどに成長が速かった。そして、30歳を超える個体の化石がいまだに見つからないほどに、生活は過酷だった。さらに目を見張るべきはその多様さだ。白亜紀末期の大型ティラノサウルス類はこれまでに20種近く発見されている。・・・巨大なティラノサウルス類は、(超大陸パンゲアが細かく分断され、海で隔てられていたため)ヨーロッパや南半球の諸大陸に足がかりを得られなかったとみえ、各地でほかの大型捕食者のグループが繁栄することを許した。ただ、北アメリカとアジアでは無邸だった。ティラノサウルス類は、私たちの想像力をかき立てる圧倒的な恐怖の権化になっていた」。
「(ティラノサウルス・レックスは)大きな脳と鋭敏な感覚を持ち、群れを成して行動し、なんと羽毛にも覆われていた。T・レックス(もっと言えば恐竜全般)は生命進化が生み出した傑作であり、生息環境に見事なまでに適応し、その時代の支配者になっていた、ということになる。決して失敗作などではなく、進化の成功例だったわけだ。また、T・レックスは驚くほど現生動物と似ていた。とりわけ鳥類との類似点が多く、羽毛を生やし、急速に成長し、呼吸の方法まで似ていた。恐竜は異世界の生き物ではない。過去に実在した動物であり、成長し、食べ、動き、繁殖するという、どの動物もすることをしていた。そうした営みをどの恐竜よりもうまくこなしていたのが、真の王者たるT・レックスだったのだ」。
「地勢も生態系も複雑で、各大陸にそれぞれの生物群集が孤立していた白亜紀末期こそが、恐竜類の最盛期だった。多様性が頂点に達した時期であり、恐竜が栄華を極めた時期だ。かつてないほどに種数が増え、小型種から超大型種までそろっていて、あらゆる種類の食物を糧にして、目を見張るほど多彩なトサカ・ツノ・トゲ・羽毛・爪・歯を備えていた。恐竜は最高潮の状態で、それまでと同等かそれ以上に順調で、最初の恐竜がパンゲアに誕生してから1億6000万年余りが経っていたというのに、なお世界を掌握していた」。
「恐竜が進化して良類が誕生した。それは徐々に起きたことで、獣脚類の一系統が数千万年かけて現生鳥類ならではの特徴と行動を一つずつ獲得していった。ある日突然、T・レックスがニワトリに変貌したわけではない。その移行は本当に少しずつ起きたので、系統樹における恐竜と鳥類の境目は混じり合って判然としない。ヴェロキラプトル、デイノニクス、チェンユエンロンはその系譜における『非鳥類』側に属しているが、もし現代に生きていたら鳥類の一種類とみなされていたことだろう。多少風変わりではあるが、それを言うならシチメンチョウやダチョウも同じくらい変わっている。この3種類の恐竜は、羽根と翼を備え、巣を守り、子育てをし、おそらく一部は少しばかり飛ぶこともできた」。
「(6600万年前は)実にさまざまな鳥類や空を舞う恐竜がいて、滑空したり頭上を羽ばたいていたりする中で、北アメリカではT・レックスとトリケラトプスが決闘を繰り広げ、南半球ではカルカロドントサウルス類がティタノサウルス類を追いかけ、ヨーロッパの島々では小人恐竜が跳ね回っていた」。
「やがて、すべてが唐突に終わりを告げた。6600万年前、空から小惑星が降ってきて、白亜紀が混乱のうちに幕を閉じ、T・レックスを含むすべての非鳥類型恐竜が絶滅した。恐竜の王者は頂点に上り詰め、そしてその絶頂期に滅んだ」。「小惑星はあまりにも巨大だったし、ユカタン半島に落ちた時の衝撃もすさまじかったわけで、そこから逃れるというのはどだい無理な話だったのかもしれない。詳細な経緯はさておき、非鳥類型恐竜が絶滅した主な原因は小惑星であったと、私は確信している」。
「結局のところ、進化という現象は(そして生命も)、運に左右されるところが大きい。恐竜はまさにそうした運をつかみ、2億5000万年前のすさまじい火山噴火でほぼすべての種が地上から一掃されたあと、頭角を現した。三畳紀末期に第2の大量絶滅が起きて競合するワニの仲間が死に絶えた時も、やはり運を味方にして乗り切った。ところが今度はそうはいかなかった。T・レックスやトリケラトプスは滅びた。竜脚類が大地を揺らすことももはやない。でも鳥類がいることを忘れないでほしい。鳥類は恐竜であり、現代まで命脈を保ち、今も私たちとともにいる。恐竜の帝国は滅びたかもしれないが、恐竜は生き永らえたのだ」。
読み終わって、古生物学者だけでなく、恐竜たちに対しても仲間意識が芽生えてきたのは確かである。