日本におけるクルド人難民、ペルー人移民の実態とは・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2272)】
朝から雨が降り続いています。雨の日は、散策に行けないので、読書三昧です。書斎に飾っているロシアの画家、イヴァン・シーシキンの「樫林の雨」を眺めていると、気持ちが落ち着きます。雨の樫林の小路をカップルが寄り添って一つの傘で歩いていく風景が、何とも言えないいい感じなのです。
閑話休題、『クルドの夢 ペルーの家――日本に暮らす難民・移民と入管制度』(乾英理子著、論創社)は、NHKディレクター・乾英理子の手になるクルド人の難民一家と、ペルー人の移民一家のドキュメントです。
14歳で来日したときから仮放免として生きてきた20歳のクルド人青年の場合。「『私、いま帰ったら、兵隊にならないといけない。20歳になったら兵隊に行かなきゃだめ、トルコでは、兵隊になったらどうなる? クルド人と戦わないとだめ。クルド人は私のこと殺すか、私がクルド人のこと殺すか。でも私もクルド人。なんで私、何もしてない人に銃を撃たなきゃだめなの。私のお父さんは兵隊だったの、昔。そのとき、村でクルド人のひとりが野菜を作ったりしてるところに兵隊が行って、クルド人のことぼこぼこにしたみたい。なんでかわかんない、ただ<クルド人だから>。クルド人だから何したの? 何もしてない。でも、クルド人には、(暴力を)やんないとだめ。(兵隊だった)お父さんはそれ全部やって、いまストレスたまっちゃって、ちょっと頭もおかしくなってるみたい』。この青年は、罪がないように思える同胞にも暴力を振るわなければならず、自分を失っていった父を間近で見ていた。自分もそうなるのが耐えられず日本に逃げてきて、不法就労をしている。・・・特に国家という後ろ盾を持たないクルド人は、日本という国家にも守られず、宙ぶらりんだ。今いる場所にしがみついてしか、自分や家族は生きていけない。こうして仮放免の人がやむを得ず働き、不法就労者として入管に取り締まられて再び収容されていく。この堂々巡りが、不毛に思えて仕方ない」。
2年3カ月に亘る収容から釈放されて仮放免となったクルド人青年・ウェラットの場合。「ウェラットさんは収容所で、どんな景色を見ていたのか。そこでは尊厳が失われ、死が隣り合わせにあった。・・・ウェラットさんの隣室では、病院で治療されることなく、部屋で口から泡を吹いて、けいれんしながら亡くなった人もいた。・・・『トルコは帰れない。日本にいたら、ここからいつ出るかわからない。そのあいだでいつもずっと不安で、ずっと考えて考えて、精神状態がおかしくなってた』。身体の不調はなかなか治療してもらえず、病人は隣室で亡くなり、隣のブロックでは人生をあきらめた人がいる。自分に帰る場所はない。どれほどの絶望だろう。ウェラットさんの心は調子を崩し、大声を出さないと落ち着かないこともあった。すると、収容所の『懲罰房』に入れられた。多人数で寝泊まりする一般の部屋ではなく、要注意人物を隔離し、入管職員が24時間監視する独房だ。収容から解放されてもなお、一面壁の部屋で感じた恐怖は夢のなかで襲い続ける」。
「『仮放免になると、車買えない。家は自分の名前で借りれない。電話、自分の名前で買うことできない。ちゃんと税金払いたいし、日本住んでるから、日本人の会社でも仕事やりたい、日本人と一緒に。そういうのできる。手がある、足ある、全部ある。でもその権利、許可がもらえない。それは『いない』と同じ。保険だって、ちゃんと自分の保険で病院に行きたい。たまに日本の違うところ、いいところ行ってみたい。でも、何もできない』。10年以上を過ごしながら、自分の存在を証明できない日本という国を、ウェラットさんはどう感じてきたのだろうか」。
難民、移民について、深く考えさせられる一冊です。