榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

大英自然史博物館から貴重な鳥の標本を盗み出した犯人とは・・・【情熱的読書人間のないしょ話(3134)】

【読書クラブ 本好きですか? 2023年11月16日号】 情熱的読書人間のないしょ話(3134)

アオジの雄(写真1~3)、ジョウビタキの雌(4)、不鮮明だがルリビタキ(写真5)、ヤマガラ(写真6)、セグロセキレイ(写真7)、ハクセキレイ(写真8)、ヒドリガモの雄(写真8、9)、ヨシガモの雄と雌(写真11奥が雄)、マガモの雌(写真12、13)をカメラに収めました。因みに、本日の歩数は11,386でした。

閑話休題、『大英自然史博物館珍鳥標本盗難事件――なぜ美しい羽は狙われたのか』(カーク・ウォレス・ジョンソン著、矢野真千子訳、化学同人)で注目すべきは、●著者自身が5年もかけて、大英自然史博物館珍重盗難事件の犯人を突き止め、逮捕に至らしめたこと、●その犯人がアスペルガー症候群という非常に疑わしい理由で服役を逃れたこと、●博物館を巡る人間には2種類の人間が存在すること――の3点です。

「魚の釣り方も知らないのに、競うように希少な羽を求めて毛針を作っているなんて、どう考えてもおかしな趣味だ。『はい、おかしな人たちです。でも、きわめつけはエドウィン・リストという若造です。そいつの毛針作りの腕は世界一と言っていいくらいなんですが、なんと、材料にする鳥の羽ほしさに、大英自然史博物館に盗みに入ったんです』。・・・しかし、調べれば調べるほど謎は深まり、何としてもその謎を解きたいという私の思いも強まった。私はいつの間にか自らの正義感に導かれるように、羽をめぐる地下世界、毛針作りに熱中するマニアや羽の密売人、頭のいかれた連中や大型動物を狙う狩猟家、元刑事や怪しげな歯医者など、魑魅魍魎が跋扈する世界に入っていった。そこには嘘と脅しがあり、噂と真実が入り交じっていた。新たな事実が見つかったかと思えば、それが事実でないとわかって落胆した。その過程で、私は人間の自然界に対する傲慢さのようなものを知った。どれほどの犠牲を払ってでも手に入れたいとする、美への飽くなき欲望についても。だが、あの夜トリングから消えた鳥たちに何があったのかのあらましがわかるまで、まさか5年もの歳月を費やすことになるとは思わなかった」。

「20歳の青年にとって、トリングの鳥を盗むという思いつきはあらゆる観点から魅力的だった。トリングの鳥があれば、フルート奏者としての野心、こうありたいと願う暮らしと社会的地位、家族への仕送りのすべてを満たすことができる。さらにいいことに、羽の価値は時間が経つほど高まるので、将来何かあったときに備える蓄財にうってつけだ」。

アメリカ人でイギリスの王立音楽院の学生であり毛針制作者であるエドウィン・リストは、2009年6月23日の夜、大英自然史博物館トリング分館に忍び込み、「標本保管室に入ってから何分経過したかわからなくなったころ、ついに最大の目当てだった大型キャビネットの前にやってきた。内容物を示す小さなプレートにはフウチョウ科を示す学名の文字があった。37点のフヨクドリが瞬時にかっさらわれた。24点のオオウロコフウチョウ、12点のオオカケフウチョウ、4点のアオフウチョウ、17点のオウゴンフウチョウ、12点のカタカケフウチョウ、4点のオウフウチョウ、17点のオウゴンフウチョウモドキも。150年前にマレー諸島の原生林で採集された貴重な標本の数々が、エドウィンのスーツケースに吸いこまれていった。標本タグには採集者の名があった。A・R・ウォレス、画期的な提言によりダーウィンを震え上がらせた独学ナチュラリストである」。

「博物館への侵入から数週間後にアメリカ行きの飛行機に乗ったとき、彼はだれにも追われていなかった。トリング博物館でも、何かが消えていることにだれも気づいていなかった」。

「すっかり安心しきっていたエドウィンは、まさか1か月後にオランダの小さな町で顧客の一人が何気なく漏らした言葉がもとで、すべてが崩れ去るとは夢にも思っていなかった」。本書は、言うまでもなく、実話の事件簿であるが、同時に推理小説・犯罪小説の醍醐味も味わうことができます。

判事がエドウィンはアスペルガー症候群だと認めたことによって、「12か月の執行猶予。この期間に別の犯罪を起こさないかぎり、エドウィンが刑務所に入ることはなくなった」。エドウィンがアスペルガー症候群でないことは100%近く確かだというのに!

「私はトリングの鳥についてのストーリーに横たわる、2種類の人間性を思わずにいられなかった。一方には、アルフレッド・ラッセル・ウォレスやリチャード・プラム、スペンサー、覆面捜査官の『アイリッシュ』、ツェッペリンとドイツ空軍から標本を守ろうとしたキュレターたち、そして標本を使ってこの世の謎をひとつまたひとつ解き明かそうとしている科学者たちがいる。こうした人たちは、自然史標本を守り抜くという信念のもと、100年単位の時代を超えてつながっている。まだ見ぬ未来の人ともつながっている。科学の進歩により、同じ古い標本でもそこから新たな知見を得られると信じているからだ。もう一方には、エドウィンのような人や、羽の不法取引の闇世界にかかわる人たちがいる。それだけではなく、富と地位を求めて自然界を搾取しまくり、他者が所有していないものを所有したいという欲にかられる男女は昔もいまも変わらずいる。長期的な英知と短期的な私欲がぶつかる戦争で、勝ってきたのはいつも後者のようだった」。この指摘は私たちの心を凍らせます。