ホモ・サピエンスの一員であることを考えさせられるエンタテインメントの超一級品・・・【薬剤師のための読書論(1)】
傭兵と大学院生
「現地で、これまで見たことがない生き物に遭遇したら、直ちに殲滅せよ」という、真の依頼主も目的も明かされない密命を受けた4名の傭兵が現地に向かうところから、この物語は幕を開ける。
自分と血縁ではないが、死に瀕している単一遺伝子疾患という難病の子供たちを救うべく、カウントダウンを耳にしながら、特効薬の開発に必死に取り組む、創薬化学研究室・有機合成専攻の大学院生と、その親友。
この一見、関係のなさそうな2つのストーリーが、やがてDNAの二重螺旋のように絡み合い、スリリングに展開していく。
『ジェノサイド』(高野和明著、角川書店)は、誰が読んでも十分に楽しめる、よく練られたエンタテインメントだが、医療・医薬品の世界で活動する薬剤師にとっては、最初から最後までドキドキ・ハラハラさせられると同時に、知的な刺激を味わうことができる特別な一冊と言えるだろう。
3つの魅力
この作品の魅力はいっぱいあるが、3つに絞ることができる。
第1は、物語の舞台が日本、アフリカのコンゴ、アメリカに跨るスケールの大きなエンタテインメントであること。その上、ミステリー、サスペンス小説、SFの要素も濃厚に併せ持っていること。
第2は、広汎な分野の最先端の専門知識が総動員されているので、読みながら多くのことを学べること。例えば、地政学、国家安全保障論、政治力学、傭兵、航空技術、新資源論、文化人類学から、ネオテニー(幼形成熟)、エピジェネティクス(遺伝子発現パターンが何らかの後天的な仕組みによって細胞分裂を経ても維持されるという仕組み)、ウイルス進化論、有機化学、遺伝子工学、創薬化学、医薬品開発、さらには複雑系、言語論理学、情報工学まで、高度の情報・知識がモザイクのように巧妙に組み込まれている。この細部に亘るリアリティが壮大なスケールのストーリーに深みを与え、説得力を強めているのだ。それにしても、著者の勉強ぶりには、本当に頭が下がる。
第3は、ホモ・サピエンス、すなわち我々人類の最大の欠点がずばりと指摘されていること。思わず人類の将来を考えさせられてしまう。この意味では、これは、正に文明論の書でもあるのだ。「現在、地球上に生きている65億の人間は、およそ100年後には全員が死に絶える。なのに、なぜ今、殺し合わなければならないんだろうな?」という問いかけは、ずしりと重い。
ホモ・サピエンスの脳
米国大統領に対する老科学者の、「我々の本能的な欲求とは、知的欲求です。その強さたるや、普通の人々にとっての食欲や性欲と同じか、それ以上です。我々は、生まれながらにして知ることを欲しているんです」、「私がもっとも知りたかったのは人間についてです。ホモ・サピエンスの脳は、宇宙を解明するほどの知性を持っているのか、それとも永遠に宇宙を理解することはできないのか。自然を相手にした頭脳戦に、いつの日か我々は勝利できるのか」という発言が、強く心に残る。
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