榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

10日間、炎天下で男が穴を掘り続けたのは、なぜか・・・【山椒読書論(623)】

【読書クラブ 本好きですか? 2021年12月6日号】 山椒読書論(623)

コミックス『人間交差点(17)――雨林』(矢島正雄作、弘兼憲史画、小学館)に収められている「追憶」は、欲張り住職の物語である。

海を見下ろす丘の上の福音寺の住職は、銀行から資金を借りてリゾートマンションを作ろうと目論んでいる。ところが、その敷地の一角で穴を掘り続ける男が現れ、住職は困惑する。「こ、こんな登記簿は無効だ、何の価値もないよ、君、ハハハ」。「いえ、土地をどうこうするというわけではないんです。こいつの墓の分だけ海の見える場所を少しだけいただければ結構なんです。私の妻の骨です」。

「それにしても、この土地の所有権を持つ人間は、完全に途絶えたと思っていたが・・・」。

「それにしても3日間も何も食べずに穴を掘り続けるなんて無茶ですよ、今に体を壊してしまう」。「いえ、大丈夫です。何もしてやれませんでした。生きているうちに何ひとつしてやれませんでした。せめて亡骸だけは美佐子が望んだ地に望んだように葬ってやりたいと思っております」。

「それにしても、あきれた奴だ、1週間も穴を掘りつづけて・・・一体どういう作戦なんだ?」。

10日間、炎天下で穴を掘り続けた男は、衰弱し切って救急車で運ばれる際に、住職の手を握って頼む。「あいつが死んだら、私なんか何の価値もない人間です・・・あ、あいつがいたから私も生きられた・・・ありがとうございました・・・思い出す時間をいただけました。・・・私の人生で楽しかったのは、あいつと生きた時間だけです。穴を掘りながら、あいつとの思い出をたどることが出来ました・・・ありがとう。・・・出来たら同じ穴に私を埋めてください。そのつもりで掘った穴ですから・・・」。

住職に、どんな変化が訪れたか・・・。