榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

君は、サッコ、ヴァンゼッティ事件というアメリカ裁判史上最大の冤罪事件を知っているか・・・【情熱的読書人間のないしょ話(3951)】

【読書の森 2026年1月9日号】 情熱的読書人間のないしょ話(3951)

ツグミ(写真1)をカメラに収めました。我が家の餌台(写真3~10)。

閑話休題、『無罪』(大岡昇平著、小学館文庫)に収められている『サッコとヴァンゼッティ』では、アメリカ裁判史上最大の冤罪事件の無道ぶりが生々しく再現されています。

「サッコ、ヴァンゼッティという二人のイタリア人を死刑にしたことは、アメリカの裁判史上の汚点として残っている」と始まります。

赤狩り旋風が吹き荒れる1927年、二人は無政府主義者ということで、あやふやな目撃証言だけで死刑にされてしまったのです。

目撃者の視認証言というものが、あらゆる証拠の中で最も信憑度の薄いものであることは広く認識されているが、サッコ、ヴァンゼッティ事件は、この不確かさが最も露呈された事件なのです。

「第一審判決後、セイヤー判事は怪しげな無政府主義者の抗告の権利なんか認めなかったから、事件はこれで終ったかに見えた。知名の弁護士ウィリアム・トムプソンが、或る日この変な事件を調べてみる気にならなかったら、サッコとヴァンゼッティは、さっさと電気椅子に坐らされていたかも知れなかった」。

「ボストン周辺は外国人の労働者が多い地区で、恐赤ヒステリイの中心の一つであった。新聞は連日赤の恐怖を語り、対策を論じていた。そしてサッコとヴァンゼッティは、この地方では有名な『赤』だった」。

「事件はこのように魔女裁判の様相を呈していた」。

政治的事件にあっては、陪審員が極めて暗示にかかり易いことが指摘されています。日本の裁判員制度でも同じことが言えるでしょう。

1927年8月23日、サッコとヴァンゼッティの死刑が執行されました。

拘置所を訪れた新聞記者に、ヴァンゼッティはこう言ったそうです。「おれたちの命、おれたちの苦しみ――そんなものはなんでもない。お人好しの靴屋と、貧乏な魚売りが殺されかかっているだけですよ」。

現在の日本では、「赤」(=共産主義)の恐怖はないが、外国人排斥の傾向が強まっていることを傍観していてはいけないと本作品から教えられました。