サッカーの人材育成の実例から学べること・・・【山椒読書論(257)】
『サッカー日本代表の育て方――子供の人生を変える新・育成論』(小澤一郎著、フロムワン)は、一風変わった本である。
なぜかというと、第1に、サッカー日本代表の育て方などないと、明言していること。第2に、本書に登場する指導者や保護者の中に、「私が日本代表の○○を育てた」と高言する人が一人もいないこと。第3に、岡崎慎司や清武弘嗣など既にザック・ジャパンの中核で活躍している選手だけでなく、永井謙佑、大津祐樹、酒井宏樹といった、これから日本代表の主軸に成長していくであろう選手の育成プロセスにも注目していること。
岡崎の母・岡崎富美代の育て方は、示唆に富んでいる。「私がいつも他のお母さんたちにお勧めするのは、『(子供ではなく)自分がどんな人生を生きるのかを第一に考える』ということ。自分の生活の軸を持っていると、子供に寄りかからないので、子供がストレスを感じないのです。子供にストレスを与えている親は結構多いと思いますよ。特に、ずっと子供に付いているママはそうなりがちです。・・・適度な『放任』は一流選手を育てる一番の近道だと思うことさえあるんです」。
酒井や工藤壮人らを育てた柏レイソル・ダイレクターの吉田達磨は、こう語っている。「(選手は)自分を信じ切れる、考える軸を持っていることが重要になるんです。自分に軸があるということは、違う考えや他人の個性を、自分の軸を持ったまま取り込めるということですから。・・・(指導者は)違う世界においても、自立することを求め、役割を与えていくこと、つまりは責任ですよね。グループに属している一人ひとりの存在と責任を明確にしていって、それを果たす努力を当たり前だと促していく。『君がやりたいことがあるように、隣の人にもやりたいことがある。そういう人が集まってこそ、サッカーはできる。であれば、隣の人のやりたいことも受け入れて、前の人のやりたいことも受け入れて、自分のやりたいことも相手に受け入れてもらうようにしなければいけない』ということなのです。個性を活かし、束ねることが監督の仕事です。明確な役割や責任を、選手それぞれに与えていく。『それを果たさなければ自分はそれ以上の存在にはなれない』と伝えていくことが指導者として一番大切なことではないかと思います」。
高校1年時には、約70名いる部員の中で60番から70番程度の存在であり、日本代表どころかプロになるのも無理と見られていた永井を育てた福岡大サッカー部監督の乾眞寛の考え方はこうだ。「自分にとって何が大事か分かってきたら、実は一斉指導や画一的な練習ではないところに個人の力を伸ばす秘密がある。それを自分で見つけ出し、自分で工夫してやっている選手が伸びていくのです。・・・本来、その状況で何ができるのか、悪い条件の中でどう闘うのかを考えるのがサッカー。最初から周囲や大人がそこを全部削ぎ落としてしまうと、選手はそういうことを考えなくなる」。
二川孝広を育てたJリーグ・テクニカルダイレクターの上野山信行の指導法は、こうである。「指導というのは、言葉で99パーセント決まります。『ここにポジションを取りなさい。そうすると、シュートが打てる』と言ってしまうと選手は納得しますが、『なぜ?』の部分を飛ばしてしまうから、選手たちの理解が追い付かない。また、『なぜ?』と思っている選手がそれを聞けない雰囲気にもなってしまう。指導者は、選手たちの『なぜ?』を尊重しなければいけません」。また、上野山の上司論も興味深い。「部下に対してもいろいろな経験をさせ、喜びや仕事のやりがいを与える。上司の仕事とはそういうものだと思っています。究極的には、『任せること』。ちょっとブレてきたら修正してあげたり、サポートしたり。それが上司だと思います。人間というのは本来、大きなポテンシャルを持っているのです。それに少し何かを足してあげればいいだけ」。
サッカーだけでなく、さまざまな分野における人材育成法の生きたヒントが得られる一冊である。