エロティックな妖しさが立ち籠めるビアズリーの挿し絵集・・・【情熱の本箱(35)】
『ビアズリー怪奇幻想名品集』(冨田章著、東京美術)は、不思議な気分にさせられるオーブリー・ヴィンセント・ビアズリーの挿し絵集である。
「イギリス美術の1890年代は、ビアズリーの時代と呼ばれることがある。ビアズリーは25年という短い生涯しか生きず、そのうち画家として活動したのはわずか5、6年にすぎなかった。しかも本格的な画家よりも一段低いと見られがちな挿絵画家で、作品を発表したのは雑誌や本が中心だった」。それにも拘わらず、現代に至るまで強烈な印象を与え続けているのは、オスカー・ワイルドの戯曲『サロメ』の挿し絵の「踊り手への褒美」(1894年)のせいだろう。切り落とされた洗礼者・ヨカナーンの首が、処刑人の黒い腕が支える盆の上に載せられ、その首を所望した王女・サロメが右手でヨカナーンの前髪を掴み、左手の指で滴る血をなぞっている絵である。
グラマースクール卒業後、ロンドンに出て、測量技師事務所や保険会社で事務員として働くかたわら、こつこつと作品を描き溜めていたが、19歳の時、挿し絵画家としてデビューする機会が訪れる。
「1894年初頭に出版された英語版『サロメ』は、あらゆる点から見てビアズリーの代表作であり、最高傑作であると言っていい。画家として仕事を始めてから、1年経つか経たないかの頃であり、この時点でビアズリーがわずか21歳であったことには驚くほかない。どれほどの才能が、この若い画家の中に秘められていたのだろうか」。「毒とエロスとをふんだんに含んだビアズリーの作品は、常に賛否両論があったが、発表するたびに話題となった」のである。
「踊り手への褒美」以外にも、『サロメ』のヨカナーンがサロメに激しい侮辱の言葉をぶつけ、二人の間に極度の緊張感が高まるシーンを描いた「ヨカナーンとサロメ」、サロメが斬首されたヨカナーンの首を掲げ、その首に向かってかき口説くように語る戯曲のクライマックスを描いた「クライマックス」(「おまえの唇に接吻したよ、ヨカナーン」)などには、ビアズリーの世界特有のエロティックな妖しい雰囲気が立ち籠めている。個人的には、「ヘロディア登場」の小姓たちを従えて登場した王妃ヘロディアの堂々とした逞しい肉体に圧倒されてしまった。この他、「サロメの化粧2」、『シドニー・スミス&R・ブリンズリー・シェリンダー名言集』の挿し絵、『イエロー・ブック』内容見本のデザイン、エドガー・アラン・ポー著『黒猫』の挿し絵も強い印象を与える。
「ビアズリーの挿絵の衝撃は強烈だった。・・・格段に洗練された、流れるような線、有機的な形態と装飾的な細部との絶妙な融合、明暗のコントラストの効果的な使用、余白を生かした大胆な構図など、作品の完成度の高さは比類ないものであった。それ以上に、描かれた図像の、エロティックで、残酷で、皮肉に満ちた邪悪さは、それが邪悪であるがゆえになおいっそう見た人の心をとらえて離さなかった。『サロメ』においてビアズリーは、真に独創的なアーティストであることを世に示したのである。ビアズリーのこの急激な成熟の陰に、日本美術の影響があるというのは、多くの研究者が指摘するところである」。日本の浮世絵、それも春画からの影響を強く受けているというのだ。
世事を離れて、非日常の世界にどっぷり浸るのに恰好な一冊である。