榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

カブトムシの季節になると読みたくなる本・・・【情熱的読書人間のないしょ話(19)】

【恋する♥読書部 2014年7月24日号】 情熱的読書人間のないしょ話(19)

子供の頃、東京・荻窪の家に同居していた祖母(母の母)にあちこち連れていってもらうのが楽しみでした。昆虫少年であった私にとって忘れられないのは、太陽がじりじりと照りつける夏のある日、エノキ並木が続く多摩御陵参道で飛び交っていたヤマトタマムシです。煌めく緑色の金属光沢にたちまち魅了されてしまったのです。恥ずかしがり屋の私に代わって、祖母が地元の少年から1匹分けてもらったヤマトタマムシは、私の宝物になり、現在も、祖母の思い出とともに、変わらぬ光沢を放っています。

待ちに待った夏休みに入ると、夜明け前に五日市街道沿いのクヌギの大木のカブトムシを採りにいったものです。私たち遊び仲間のこの秘密の場所で、樹液を吸っている何匹かのカブトムシを目にした瞬間の胸のときめきが今でも鮮明に甦ってきます。当時は、カブトムシを売り物にする店などあるわけがなく、男の子たる者、自分の手で捕まえざるを得なかったのです。

閑話休題、カブトムシの季節になると読みたくなる本があります。それは『黄金虫(こがねむし』(エドガー・アラン・ポー著、佐々木直次郎訳、新潮文庫『黒猫・黄金虫』所収。出版元品切れだが、amazonなどで入手可能)です。

変わり者の友人・ルグランが、捕まえた虫を、こう言って「私」に自慢しました。「その虫がさ。ぴかぴかした黄金色(こがねいろ)をしていて、――大きな胡桃の実ほどの大きさでね、――背中の一方の端近くに真黒な点が二つあり、もう一方の方には幾分長いのが一つある」。「私」も、「これあ確かに奇妙な甲虫だよ。僕には初めてだ。これまでにこんなものは見たことがない、――頭蓋骨か髑髏でなければね。僕の今まで見たものの中では何よりもその髑髏に似ているよ」と驚いたのです。

この不思議な甲虫がきっかけとなって、彼らは大海賊が隠した莫大な財宝を発見することになるのです。「不安のあまりぶるぶる震え息をはずませながら――我々はその閂(かんぬき)を引き抜いた。と忽ち、価も知れぬほどの財宝が我々の眼前に光りきらめいて現われた。角燈の光が坑の中へ射した時、雑然として積み重なっている黄金宝石の山から、実に絢爛たる光輝が照り返して、全く我々の眼を眩ませたのであった」。

ルグランが難解な暗号文の秘密を解き、伝説の財宝を手に入れるまでの過程は実にスリリングで、本作品が推理小説の源流とされているのも頷けます。そして、佐々木直次郎の古めかしい訳が興趣を添えています。