榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

昆虫はすごいが、この本もすごい・・・【情熱の本箱(75)】

【ほんばこや 2015年3月29日号】 情熱の本箱(75)

昆虫はすごい』(丸山宗利著、光文社新書)は、本当にすごい本である。そのすごさは3つにまとめることができる。

第1は、新書判なのに昆虫全般が対象となっていること。昆虫好きの私は、これまで昆虫に関する本を読み漁ってきたが、これほど多くの昆虫の事例が紹介されているものは記憶にない。

第2は、項目立てが絶妙なこと。「たくみな暮らし」の章は、「収穫する」「狩る」「着飾る」「まねる」「恋する」「まぐわう」「子だくさん・一人っ子」「機能と形」「旅をする」「家に棲む」、「社会生活」の章は、「社会生活を営む昆虫」「狩猟採集のくらし」「農業する」「牧畜する」「戦争する」「奴隷を使う」「アリの巣の居候」、「ヒトとの関わり」の章は、「ヒトの作り出した昆虫」「昆虫による感染症」「嫌わられる虫と愛される虫」で構成されている。

第3は、8ページに亘る口絵のカラー写真が充実していることだ。目の玉が飛び出るほど驚いたのは、「まねる」の例として挙げられている「硬くて捕食者にとって食べにくいカタゾウムシとそれに擬態するカタゾウカミキリ(フィリピン)」である。左側にカタゾウムシ、その右側にほとんど見分けがつかないほど似ているカタゾウカミキリというように模様別に4対が掲載されている。異なる科の昆虫がこれほど似通っているのは、カタゾウムシのように硬くないため、捕食者から身を守ろうとしたカタゾウカミキリの自然選択のなせる業であるが、俄かには信じ難い相似だ。

著者が、「読者がおそらく一番驚くのは、ヒトが文化的な行動として行っていることや、文明によって生じた主要なことは、たいてい昆虫が先にやっているという事実であろう」と述べているが、まさにそのとおりである。

他の昆虫に寄生する昆虫と、寄生される側の昆虫(寄主<きしゅ>)との関係は、あまりに生々しく残酷で、背筋がぞくぞくする。「ノミバエ科のナマクビノミバエ属のハエは、アリに寄生する。北米のヒアリというアリに寄生する種では、幼虫はアリの体内で成熟すると、アリの頭を切り落とし、そのなかから出てきて蛹になるという少し不気味な行動をとる。ハエの幼虫に頭を切り落とされる8~10時間前、アリは決まって巣の外へ出る。そのアリは活発に歩くが、普段は攻撃的なアリであるにもかかわらず、そういった行動を示さない。文字通り腑抜けになっているアリには、そのような『意思』が失われているのだろう。そしてそのまま、ハエが羽化するのに最適な環境である草の堆積したところにもぐり込み、やがてアリの頭のなかにいるハエの幼虫によって『首』にあたる部分が切り落とされる。幼虫はアリの頭のなかで蛹になり、羽化すると、アリの口から出てくる。日本にも同属のハエがおり、似たような行動をとる可能性が高い」。

虎の威を借る狐は、昆虫の世界にも存在する。「南米にはさらに見事なハチ擬態のカノコガというガのなかまがおり、一目ではガとわからないほど、体の構造の細かい部分までハチに似せている」。添えられている写真を見ても、どちらがハチでどちらがガか見分けがつかないほどだ。

昆虫も貞操帯を使うというのだから、びっくりする。「自分の遺伝子を残したいという本能的欲求は生物共通のものである。・・・(動物は)自分の遺伝子を優先的に残すためには手段を選ばないのだ。一番直接的な方法は、自分が交尾したあとに、ほかの雄と交尾させないことである。古い時代にはヒトの社会にも貞操帯という金属製で鍵のついた下着があったようだが、同じようなものが昆虫にもある。早春に現れるギフチョウやウスバシロチョウ(日本)といった小型のアゲハチョウは、雄が交尾の際に精包を送り込むと同時に、粘液を出し、交尾栓(交尾嚢)という蓋を雌の生殖器に被せてしまう。それによって雌はほかの雄と交尾ができなくなってしまうのである。このようなチョウでは、交尾済みの雌かどうかが一目でわかる」。

摂氏100度のおならをする昆虫がいるというのだ。「ミイデラゴミムシ(日本)という体長2センチメートルほどのオサムシ科の甲虫がいる。『屁っぴり虫』ともいい、『おなら』をする昆虫として有名である。・・・『おなら』というと可愛らしいが、この虫の出す『おなら』は『おなら』で済まされるものではない。なんと摂氏100度もの高温で、自由自在に出す角度を調整でき、敵に向けて噴射するのである。私も何度もやられているが、『ブー』という音とともに、煙が出て、指にその『おなら』が当たると、一瞬、熱さを感じ、強力な臭いと茶色いしみを残す。しみは軽いやけどのようなもので、のちに皮がむけることさえある。・・・実は、ミイデラゴミムシの腹部には、ヒドロキノンと過酸化水素という2つの化学物質を貯蔵する袋がある。危険を感じると、両者を腹部先端の小さな部屋に流し込み、そこで酵素が反応し、爆発するのである。その反応の際にはベンゾキノンと水が合成されるが、強力な臭いはそのベンゾキノンの臭いである」。ページから臭いが立ち上ってくる錯覚に囚われてしまう。

著者が「もっとも奇抜な昆虫」と呼ぶのは、ツノゼミである。「生物の形にはたいてい意味があるといったが、その点で疑問視されている昆虫がいる。それはツノゼミのなかまである。カメムシ科に属する2~20ミリメートル程度の小さな昆虫で、セミとつくが、セミとは同じ目に属するものの遠縁である。ツノゼミ科は世界で3000種程度が知られているが、その形の多様性は異常なほどで、1つの科としては随一のものである。とくに南米のものがずばぬけている。なかには恐ろしく奇抜なものがいて、それが『この形態に意味があるのか』という疑問を生んだ。・・・たとえば、ヨツコブツノゼミでは、上のほうに1本の突起が伸びて、その先が昔のテレビのアンテナのように複雑に枝分かれしている。ミカヅキツノゼミは上方と後方に伸びたものが湾曲し、全体に円を描くような形をしている。キオビエボシツノゼミは、半円で左右に薄い体で、角の部分におかしな模様がある。また、ハチマガイツノゼミは、角が変形してハチの胴体の形を作っており、遠目にはハチにしか見えない。ハチマガイツノゼミはハチに擬態しているという点で、角の目的は明らかだが、ほかのものについては、どのような意味があるのだろうか」。ツノゼミの専門家である著者が途方に暮れるほどの奇抜さである。

最新鋭の栽培技術を駆使するハキリアリの生態は、想定を超えている。「ハキリアリ(ペルー)の場合、植物の葉を切り取り、巣に持ち帰り、そこに菌を植えつける。栄養に富んだ菌は主に幼虫の餌となるが、働きアリも食べ、普段食べている植物の汁では補いきれない栄養源となっている。・・・その栽培方法には驚くべきものがある。菌園は地下に作られるのだが、土のなかは雑菌にあふれ、単純にそこに菌を植えつけると、あっという間にカビやバクテリアやほかの菌で壊滅状態になってしまう。ハキリアリの胸部には特別な共生バクテリアが付着しており、それが余計な微生物の成長を抑える抗生物質を分泌している。その抗生物質は共生菌には影響を与えないので、効率的に栽培を行うことができる。この方法は、虫には申し訳のない、悪いたとえだが、ごく最近開発された悪名高き農法、雑草を枯らす除草剤をばらまき、そこに除草剤に耐性のある遺伝子組み換え作物を栽培する最新鋭の農法と原理的に非常に似通っている。昆虫はヒトより先に農業を行っていたばかりでなく、もっとも効率的な方法までも先に編み出していたのである」。何とも恐るべき農法ではないか。

さらに、驚くべきことが書かれている。「ハキリアリの場合、新女王がどのように最初に菌園を作るかというと、自分が生まれた巣の菌園から、菌糸の束を口の付近にある袋に入れ外に飛び立つ。交尾した雌アリは、羽を切り落とし、地面深くに穴を掘る。そして、袋から菌糸を取り出して、自分の糞に植えつけ、菌園の栽培を一から開始するのである。つまり、自分の親の育てた菌を先祖代々受け継ぐ。・・・糞に植えた菌が成長すると、新女王はその近くに卵を産み、孵化した幼虫はその菌を食べて育つ。働きアリが誕生すると、それらが外に出て、葉を切り出すようになる」。

昆虫の世界は奥が深く、驚きに満ちていることを実感させてくれる一冊である。