本物のテロリストが考えていること・・・【情熱の本箱(96)】
書評の文字数が定められているいくつかの連載は別として、これら以外は読み手にその本の魅力を極力伝えたいという思いから、私の書評はどうしても長くなってしまうのが常である。そこで、私にも短い書評というものが可能なのか、挑戦してみることにした。
テロリストの心の内面を知りたいと思い、『蒼ざめた馬』(B・ロープシン著、川崎浹訳、岩波現代文庫)を読んでみた。
何しろ、著者のB・ロープシンは、本名はボリス・ヴィクトロヴィチ・サヴィンコフというロシア革命期の筋金入りの本物のテロリストであり、テロ実行グループの指導者として内務大臣プレーヴェ、モスクワ総督(知事に該当)セルゲイ大公の暗殺に成功した辣腕テロリストなのだ。
テロリストとしてだけでなく、作家・詩人としての才能にも恵まれていたロープシンだけあって、テロ実行グループのメンバー――本人、フョードル、ワーニャ、ゲンリッヒ、エルナの5人――のそれぞれのテロを行う理由、役割分担、日々の心情や恋愛感情などが、モスクワの季節の移り変わりを背景に、ドキュメンタリー・タッチで綴られていく。
「3月8日。エルナの目は青く、重そうなおさげ髪。彼女はためらいがちに身を押しつけて言う。『あなた、すこしはあたしを愛してるんでしょうね?』。以前、彼女はなにももとめず、なにも望まず、まるで王妃のようにわたしに身をゆだねた。だがいまは乞食女のように愛をこうている、・・・だが、わたしは別のエレーナのことを考えている」。
「3月10日。彼(セルゲイ)のことを考えるとき、わたしには憎悪も敵意もない。あわれみもまたない。わたしは彼には無関心だ。だが、わたしは彼の死を欲する。わたしは彼を殺さねばならぬことを知っている。テロと革命のために必要なのだ。・・・どうして殺人がいけないのか、わたしにはわからぬ」。
「3月14日。キリストの復活やラザロの甦りを信じる者は幸いである。また、社会主義や未来の地上の天国を信じる者は幸いである。だがわたしには、こんな古くさいおとぎ話はこっけいだ」。
「4月26日。わたしの友人の多くが、ここで絞首刑に処せられた。また多くの者がさらにここで絞首されることだろう」。
「7月22日。もしテロにくわわらなかったら、わたしはなにをしていただろうか? わたしにはわからない。答える能力がない。しかしひとつだけはっきり言えるのは、平穏な生活などほしくないということだ」。
「8月23日。彼女(夫がいるエレーナ)はためらいがちに、だがはげしく身をよせる。わたしは接吻する。彼女の髪に、その目に、そのあお白い指に、そのいとしい唇に。わたしはもうなにも考えない。ただ彼女がわたしの腕のなかにあり、若い肉体がふるえているばかりだ。・・・彼女は白いからだをわたしの腕のなかによこたえている」。
主人公は、よく「わからない」という言葉を口にするが、私にはテロリストたちの気持ちが分からない。本書を読み終わっても遂に理解することができなかった。しかし、どんな状況下にあろうと、私がテロリストに共感することはなく、テロリズムは絶対に許されないということは分かっている。