榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

『サイエンス』に掲載された精神病院潜入実験の論文の欺瞞を暴いたドキュメント・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2344)】

【読書クラブ 本好きですか? 2021年9月17日号】 情熱的読書人間のないしょ話(2344)

サンタンカ(写真1、2)、ツルバキア・ヴィオラセア(写真3)、ルリヤナギ(写真4)、ユウチャリス・グランディフロラ(アマゾンユリ、ギボウシズイセン。写真5)、コエビソウ(写真6、7)が咲いています。ネペンテス(ウツボカズラ)・アラタ。写真8)、クロトン(写真9)の葉が目を惹きます。

閑話休題、『なりすまし――正気と狂気を揺るがす、精神病院潜入実験』(スザンナ・キャハラン著、宮﨑真紀訳、亜紀書房)は、狙った獲物は絶対に手に入れるぞというハイエナの執念深さを彷彿とさせる、何とも恐ろしいドキュメントです。

「発表されて50年近く経つ今でも、(デヴィッド・)ローゼンハンの論文は精神医学史上、最も版を重ね、引用されたものの一つだ(しかも彼は精神科医ではなく心理学者だった)。1973年1月、著名な科学誌『サイエンス』が、『狂気の場所で正気でいること』と題した9ページの論文を掲載した。その論旨を要約すると、精神医学には正気の人とそうでない人とを区別する信頼に足る基準がない、という驚くべきものだった。『じつは、診断法というのはときに使い勝手が悪く、信頼できないものだと以前からわかってはいたが、それでもわれわれはずっと使い続けてきた。だが今こうして、正気の人とそうでない人を区別することはできないと明確になったのである』。詳細にわたる実験データと、科学誌の中でも信用度の高い『サイエンス』で発表されたという事実が裏づけとなって、ローゼンハンのこの劇的な結論は『精神医学の心臓を刺し貫く刃』となった、と30年後に『ジャーナル・オブ・ナーヴァス・アンド・メンタル・ディジーズィズ』誌に載った記事にも書かれた」。

2013年にこの論文に興味を持った著者、スザンナ・キャラハンが、論文に記された精神病院潜入実験に参加した偽患者8人の追跡調査を進めていくと、次から次へと疑問が生じてきます。本書では、その詳細な過程が綴られているのだが、推理小説のようにスリリングで、ドキドキさせられます。

「正直に言うと、わたしはそんなにたくさんのことを知っているわけではない。デヴィッド・ローゼンハンが話を誇張し、部分的に創作したことは知っているし、その結果は、学術界でも最高峰の論壇の一つで紹介された。そういう欠陥のある論文が、ロバート・スピッツァーと彼が作ったDSM(精神疾患の診断・統計マニュアル)に影響をあたえたことも知っている。論文は大きな影響力を持ち、全国的な精神病院の閉鎖にさえつながったことも知っている。少なくとも1人の偽患者の経験がローゼンハンの論旨を裏づけているが、別の1人の経験は合致しない。ローゼンハンがなぜ(この論文に関する)本を完成させなかったのか、そしてこのテーマについてはなぜ二度と論文を書かなかったのか、あるいは本書を読んで彼がどう思うか、わたしにはわからない。推測はいくらでもできるが、知ることはできない。ほかの6人の偽患者がどうしたのかもわからない。彼らははたして存在したのか?」。

5年に亘る粘り強い追跡によって、著者は、偽患者8人のうち、実際に精神病院に潜入したのは、ローゼンハン本人と、ローゼンハンの精神病理学ゼミの学生、ビル・アンダーウッドの2人だけで、他の6人の精神病院での経験はローゼンハンの創作だったこと、そして、ビルの経験はローゼンハンの研究目的に沿わなかったため、ローゼンハンによって改竄されたことを明らかにしたのです。

読み終わって、フーッと大きく息をつきました。