榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

理系高校生たちは、いかにして驚くべき発見・発明を成し遂げたのか・・・【続・独りよがりの読書論(20)】

【にぎわい 2014年8月1日号】 続・独りよがりの読書論(20)

高校生科学オリンピック

毎年開催されるインテル国際学生サイエンス・フェアは、高校生が競う科学のオリンピックである。世界中の予選を勝ち抜いた1500名を超える精鋭たちが、5日間かけて、独創的な自由研究を発表し、審査を受ける。

理系の子――高校生科学オリンピックの青春』(ジュディ・ダットン著、横山啓明訳、文藝春秋)には、●10歳の時、独力で爆薬を製造し、やがて「核融合炉」を作り上げてしまった少年、●暖房のない貧しい家で喘息に苦しむ妹のために、捨てられた車の廃品を集めて、太陽エネルギー活用の暖房装置を生み出した少年、●ハンセン病に感染してもへこたれず、人々のハンセン病に対するイメージを一変させた少女、●少年院の非行少年たちの眠れる知的才能を発掘した熱血理科教師と、その教え子たち、●馬が持つ癒やし効果を証明した少女、●デュポン社の城下町で、発癌性物質を排出するデュポンに挑戦した少女、●公衆トイレに設置されたおむつ交換台の細菌数を調べ上げた少女と少年のチーム、●耳が不自由な人がこの手袋をはめて宙にアルファベットを書くと、液晶ディスプレーにその字が表示される手袋を発明した少年、●世界中のミツバチが大量死する蜂群崩壊症候群へのイミダクロプリド(農薬<殺虫剤>)の影響を突き止めた、女優志望で科学嫌いだった少女、●自閉症を患う従妹のために画期的な教育プログラムを編み出した少女、●シリコンより数百倍も電子の飛ぶ速度が速い新素材グラフェンを安く速く簡単に大量生産できる方法を考え出したことで、巨額の賞金を獲得し、自身の会社を興した第二のビル・ゲイツと呼ばれる少年、●有孔虫の化石を使って、太古の地球環境の変化を解明した日本の少女――が登場する。

この会場に辿り着くまでの、研究に青春を懸けた彼らの軌跡が、世界最大のサイエンス・フェアで厳しい審査を次々とクリアしていく緊迫感が、そして、多額の賞金・奨学金を獲得したことによって彼らの前に開けた希望の道が、科学はこんなにも面白いということを教えてくれる。

ゴミ捨て場の天才

「1967年型ポンティアックのラジエーター、プレキシガラス、69個の炭酸飲料の空き缶からなるサイエンス・フェアでも伝説的な装置が生み出された。(インディアン保護特別保留地で育った)ギャレット・ヤジーという13歳の少年がこうした廃品を継ぎ合わせて作ったのだ」。彼は、太陽エネルギーを安く、ほとんど無料で活用できることを証明したのである。

わたしがハンセン病に?

「BB(エリザベス・ブランチャード)の物語は、悲劇ではない。むしろ逆で、人々に恐怖心を引き起こす病気をどこか、かっこいいものに変えたのだ。ある意味、BBは選ばれたのである。極限にまで追い込まれ、そこからなにができるのか見つけ出さざるをえない唯一無二の挑戦をするために、多くの国民のなかから引き抜かれたのだ。ハンセン病にかかっていなければ、自分がどれほど強い人間か、あるいは、友人や家族がBBを支えようとする気持ちがどれほど大きなものであるか、気づくことはなかっただろう」。苦悩の末の逆転劇というべきか。

鉄格子の向こうの星

「ケン(理科の教師)が行なった『鉄格子の向こうの星』カリキュラムは、少年矯正施設でははじめてかつ唯一の試みであり、サイエンス・フェアの優勝者を輩出し、2008年度アリゾナ優秀教師賞を受賞した」。オーリーはケンの言いつけを守り、「喧嘩をせず、授業のあとにサイエンス・フェアに出展する研究に打ち込んだ。彼は地球外生命存在の可能性について調べはじめたのだ。たいへんな挑戦だったが、オーリーは確認されている270の惑星データに食らいつき、惑星の大きさ、なにでできているか(惑星の核が鉄でできていれば磁界が発生し、惑星の表面を放射線から守る)、軌道(楕円よりも円を描く軌道のほうが、惑星の環境は安定している)など、必要な項目をすべて調べあげた。多くの天文学者が生命の痕跡を調べるのは惑星だけだが、オーリーは衛星にも目を向けた」のである。

デュポン社に挑戦した少女

「わたしがケリードラのことを聞いたとき、彼女はすでにウエスト・ヴァージニア・ウェズリアン・カレッジで化学を専攻する2年生だった。特許をとった装置を改良してデュポン社に提案し、(彼女が育った)パーカーズバーグの水から永久にPFOA(ペルフルオロオクタン酸)を除去できるようにしたいとケリードラは思っている」。

手袋ボーイ

「サイエンス・フェアのおかげで人生が変わったことをライアンは決して忘れない。『ぼくはほんとうに恥ずかしがり屋の子供でした。サイエンス・フェアでなにが一番大きく変わったかといえば、ぼくのなかに自信が芽生えたことでしょう。学校は理科教育にもっと熱心に取り組むべきだと思いますよ』」。

DIY生物学者たち

『理系の子』が高校生、科学全般を対象としているのに対し、『バイオパンク――DIY科学者たちのDNAハック』(マーカス・ウォールセン著、矢野真千子訳、NHK出版)は、社会に出た若者、そしてバイオに対象が絞られている。

DIY(Do It Yourself)バイオに取り組む若者たちは、自分たちを「バイオハッカー」と呼んでいる。バイオ(生物)とコンピューターの類似性から思いついた呼び名だ。バイオハッカーたちの「ハッキング」は、ネガティヴな概念ではない。「バイオハッキングは、産・学・官の組織に頼るのではなく、人間本来がもつ『知恵』に頼って生物学の問題を実用的に、創造的に、自力で解決しようというアプローチだ。その解決策のことをハックという。ハックには高価な装置も連邦予算も査読も不要だ。必要なのは、問題に取り組むためのなるべく多くの手と目と頭脳だけ。クリエイティブなマインドが集まるところならどこでも、ハックの機会は待っている。そのふたを開けるには、ツールへのアクセスと知識へのアクセス、さらにその両方にアクセスする『自由』があればいいというのが、バイオハッカーの信条だ」。

本書は、●マサチューセッツ工科大学を卒業後、遺伝疾患の原因遺伝子の有無を調べる検査法を自宅のクロゼットで開発した23歳の才媛、●独学で身に付けた遺伝子組み換え技術で、粉ミルクに混入した有毒物質を検出できる乳酸菌を開発した31歳の女性、●会社勤めの傍ら、オープン・ソースのサーマルサイクラー(DNA断片を複製する機械)を製作する26歳と25歳の青年、●シリコン・ヴァレーの住宅街のキッチンで、免疫系の癌治療薬の研究に乗り出した28歳・男性と22歳・女性の二人組――など、DIY生命科学者たちの最前線リポートである。バイオハッカーたちは自宅のガレージやキッチンで、オープン・ソースのDNAデータを使って、生命言語の操作に情熱的に取り組んでいるのだ。