日本の934人のメロスが、走りに走った・・・【情熱の本箱(140)】
太宰治の『走れメロス』が最も昂まりを見せるのは、「日没までには、まだ間がある。私を、待っている人があるのだ。少しも疑わず、静かに期待してくれている人があるのだ。私は、信じられている。私の命なぞは、問題ではない。死んでお詫び、などと気のいい事は言って居られぬ。私は、信頼に報いなければならぬ。いまはただその一事だ。走れ! メロス」の件(くだり)だろう。
メロスが、この日本に、しかも934人ものメロスがいたというのだから、『典獄と934人のメロス』(坂本敏夫著、講談社)を読まないわけにはいかない。
時は関東大震災が発生した大正12(1923)年9月1日、場所は1,131人の囚人が収容されている横浜刑務所。
一瞬にして帝都を地獄に変えた大地震は、横浜刑務所の強固な外塀を崩壊させ、大規模な火災を発生させた。36歳の典獄(現在の刑務所長)、椎名通蔵は、塀だけでなく、刑務所の全ての設備が崩壊したことを踏まえ、重傷、重病等で動けない囚人を除く全収容者の解放を検討する。天変地異に際し、囚人の避難も他所への護送も不可能な状況下では、24時間に限り囚人を解放することができると、監獄法で定められているからだ。その決定は典獄に委ねられているが、実際に解放が行われたという前例はなかった。目立つ柿色の囚衣を着た1000人近い集団が巷に出れば住民たちの間にパニックを引き起こす可能性があり、また、多数の囚人が戻ってこないということになれば典獄が責任を問われるのは必至とあれば、これまで実施されなかったことも頷ける。しかし、椎名は腹を括る。「日本国の法律が解放という条項を定め、その権限を典獄に委ねている以上、自分が全責任を負って決断するしかない。今考えるべきはどんな試練があっても解放を実現させ、その後、帰還者たちの受け入れが終わるまで職務を全うすることである」。
「椎名が着任後わずか3月余りにして囚人たちから絶大な信頼を受け、人気があるのは、自分のことを知ってくれているという感謝と畏敬の念からくるものだった」。
椎名の決断を受けて、9月1日午後6時30分、934人が解放され、刑務所の外へ散っていった。
24時間後には必ず帰還することが解放された囚人たちに課せられた絶対条件であるが、大火災と余震で混乱の渦中にあり、流言飛語が飛び交う治安悪化の中の帰還は困難を極める。
例えば、解放囚の一人、福田達也の場合。18歳の妹・サキの仲のよい学友とその母が倒壊した家の下敷きになっていたのを救い出したが、帰還時刻に遅れても、窮状にある二人に助けの手を差し伸べるべきか否か。「それまで黙っていたサキが突然畳に手をつき、達也の目を見て涙ながらに訴えた。『お兄様、わたしのわがままな願いをどうかお聞きください。典子さんとお母様を助けていただきたいのです。横浜への帰りが遅れれば、お兄様がお困りになるのはよくわかっています。でも、お兄様・・・。もし、典獄様が事情をお知りになれば、きっと・・・『人助けをせよ』とおっしゃるのではないでしょうか』。サキの話はもっともに思える。『そうか、そうだな。逃走罪に問われても刑務所からの帰りが1年遅くなるだけのことだ。困っている一家を見捨てることのほうがよほど罪深い』。『ありがとうございます、お兄様。けれども典獄様にはお帰りが遅れる理由をお知らせしなければなりません。お兄様は逃げるわけではないのです。理由を手紙にお書きください。わたしが必ず定刻までに典獄様にお届けします』」。
手紙を託されたサキは、何度も身動きの取れない人混みの中で立ち往生しながら、40kmの道を走りに走り、刑務所を目指したのだが、到着したのは残念なことに午後7時10分であった。「『典獄殿、妹さんは6時半までに必ず着くようにと言われ、お兄さんが逃走の罪になったのではないかと心配しています。典獄殿の時計が基準だと申しましたので確認してやってください』。(看守の)山下が直立不動の姿勢で言った。『そうですか。では・・・』。椎名は懐中時計を上衣のポケットから取り出した。『おお、間に合った!』。椎名はサキに時計を見せた。サキの顔が瞬時に嬉しそうな笑顔に変わった。何と、針は6時半丁度を指していた」。
自分たちを信じて解放してくれた椎名の信頼を裏切ってはいけないと、解放囚たちは走りに走り、定刻までに帰還を果たそうとする。
解放と、その後に行われた横浜港での救援物資荷揚げ奉仕作業後に、934人全員が帰還したのである。椎名の囚人に対する信頼は裏切られることがなかったのだ。
椎名の前例のない行動を快く思わない司法省行刑局の筆頭書記官・永峰正造が椎名の失脚を執拗に画策するも、囚人と職員が結束して椎名を護り抜いたため、遂に失敗に帰すというエピソードも記されている。
信頼する、信頼される、信頼を裏切らない――という人間にとって最も重要であるが、最も守ることが難しいことについて、改めて考えさせられる一冊である。そして付け加えれば、ハンカチかティッシュ・ペーパーが必要な本である。何度となく溢れてくる涙を拭くために。
流言飛語に惑わされて起きてしまった不幸な朝鮮人虐殺事件にもページが割かれている。