1300年前の戦士と、1300年後の囚われの女の物語が一つに重なり合う・・・【情熱の本箱(186)】
この年になって、自分のやりたいことだけをし、やりたくないことはしないことにしている。読みたい本だけを読み、読みたくない本は読まないことにしている。こんな私を迷わせる本に出会ってしまい、正直言って、戸惑っている。
何気なく手にした短篇集『アレフ』(ホルヘ・ルイス・ボルヘス著、鼓直訳、岩波文庫)が、その本である。
ホルヘ・ルイス・ボルヘスはラテンアメリカ文学を代表する作家の一人のようだが、本書に収められている作品は一篇を除き、私の親しんできた文学の世界とは様相を異にしている。
しかし、収録されている『アレフ』の中の、「この男は円い地球の全体を詩にしようと意図していた」という一節には心惹かれるものがある。ボルヘスのもう一つの短篇集『伝奇集』所収の『バベルの図書館』には、あらゆる書物をそのうちに包含する図書館が登場するそうだから、『バベルの図書館』を読んでから、ボルヘスという人物を判断しようと考えている。
唯一除外した作品とは、『戦士と囚われの女の物語』である。ロンゴバルド族のドゥロクトゥルフトは攻撃していたローマという都市の美しさに触れ、文明に魅了され、それを護るために落命し、他方、文明を体現するイギリス人女性はアルゼンチンの野蛮に囚われる。ドゥロクトゥルフトは、クローチェの『詩学』に引用された歴史家の文章の中の存在であり、もう一方の囚われの女は、ボルヘスが母親から聞いた実話で、母親自身の体験が息づいている。
この短篇は、「1300年と海とが、拉致された女の運命とドゥロクトゥルフトの運を隔てている。今では二人とも不帰の客となった。ラヴェンナの大義に同じた蛮人の姿と荒野を選んだヨーロッパ生まれの女人の姿は、対立的なものと思われるかもしれない。しかし二人はある秘められた衝動に、理性より遥かに深い衝動に突き動かされたのだ。二人は説明のしようのないその衝動に従ったのだ。私が述べてきた二つの物語は、おそらくただ一つの物語なのだろう。この銅貨の表と裏は、神にとっては同一のものなのだ」と結ばれている。