私たち真核生物の細胞核は、ウイルスが作ったという仮説・・・【情熱の本箱(192)】
『生物はウイルスが進化させた――巨大ウイルスが語る新たな生命像』(武村政春著、講談社・ブルーバックス)では、30年前から「ウイルスがヒトを進化させた」という説を信奉している私にとって、強力な援軍とも言うべき心強い仮説が展開されている。
「(1992年に発見され、2003年に命名された)ミミウイルスが『特殊』であると述べたのは、それがのちに『巨大ウイルス』という名前でよばれることになる。従来のウイルスとは異なるさまざまな特徴・性質を備えていたからだ」。
「『生物とは何か』『ウイルスとは何か』、そして『生物の進化とは何か』を問い直す『コペルニクス的な転回』を余儀なくされる、そんな存在こそが『巨大ウイルス』なのかもしれないのである」。著者は、日本で分離された初めての巨大ウイルスである「トーキョーウイルス」の発見に成功した人物である。
巨大ウイルスは、感染した宿主の細胞の中で、いったい何をしているのだろうか。一言で言えば、ウイルスは細胞の中で増殖しているのである。「(宿主の細胞核と同程度の大きさにまで発達するミミウイルスの)ウイルス工場の内部では、DNA複製がさかんに行われ、周辺には宿主の小胞体に由来する膜成分の断片が多数集まっている。そして、同じくその周囲には、宿主のリボソームが配置される。ウイルス工場のこうした性質は、じつは『あるもの』を彷彿させる。真核生物、すなわちアカントアメーバや私たちヒトがその細胞内にもっている『細胞核』である。細胞核もまた、その内部の核質に長大なゲノムDNAを納めており、細胞が分裂する時期になると、さかんにDNA複製が行われる。その周辺は核膜で覆われ、さらにその周囲には核膜からつながる小胞体がたくさん集まっている。そして、リボソームはその内部ではなく、細胞核の周囲に配置される。・・・どうだろう? ウイルス工場にそっくりではないか!」。
遺伝子の水平移動とは何か。「遺伝子というのは通常、DNAが複製し、細胞が分裂することで、細胞から細胞へと受け継がれていく。親細胞から子細胞へ――、すなわち、親から子へという流れに乗って受け継がれる。これを『遺伝子の垂直移動』とよぶ。他方、これとは異なる移動方法が『遺伝子の水平移動』である。親から子への垂直の流れとは異なり、水平の流れ、つまり遺伝子が、ある種の生物から別の種の生物へと移動することがあるのだ。そのメカニズムの主要な一つが、ウイルスを介した遺伝子の水平移動であると考えられている。・・・また、生物間の移動とまではいかなくても、あるウイルスから生物に遺伝子が移動する場合や、ある生物からウイルスに遺伝子が移動する場合もまた、遺伝子の水平移動が起こっているといえる、もちろんウイルスだけでなく、共生バクテリア(細菌)から宿主細胞へと遺伝子が水平移動した例も多く知られている(むしろ、こちらのほうが有名だ)。かつて好気性バクテリアだったミトコンドリアの遺伝子の多くが宿主のゲノムへと移動した現象が、よく知られているその好例だ。実際にそれが起こっている現場を押さえることは困難だが、遺伝子解析をすることで、過去に水平移動が起こったことは容易に推測できる」。
著者が提唱した仮説のポイントは? 「私も(フィリップ・)ベルも、真核生物とアーキア(古細菌)の祖先にあたる細胞(おそらくすでにミトコンドリアは存在していた)に、ポックスウイルスの祖先が感染し、それがやがて細胞核を作り出し、真核生物が誕生した、と考えた」。真核生物の細胞核は、その祖先細胞がウイルス工場を形成するようなウイルスに感染した後、そのウイルス工場がやがて進化してできたものではないか、というシナリオが考えられるというのだ。「ウイルスが作り出すウイルス工場が、私たち真核生物の『細胞核』を作り出したとなると、ウイルスの生物界における重要性は俄然、その意味を増してくる。一方で、そもそも最近の研究によって、ウイルスが私たち生物の進化にきわめて重要な役割をはたしていることが明らかになってきてもいるのだ」。
「進化の歴史を紐解くと、ウイルスと細胞性生物との間には、時として、ウイルスから細胞性生物へと、遺伝子が水平移動することがあることがわかっている。ヒトゲノムのじつに40パーセントを超える部分がウイルスなどに由来するとなれば、長い進化の歴史の中で、遺伝子の水平移動が数えきれないくらいたくさん生じてきたことが示唆される。要するにウイルスというのは、私たち細胞性生物の進化にとって、それほどまでに重要な存在であり続けてきたということである」。まさに、私たちの進化はウイルスによってもたらされたのである。