榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

人類は「協力する人」「投げる人」「耕す人」「交換する人」と進化してきた・・・【情熱の本箱(235)】

【ほんばこや 2018年4月17日号】 情熱の本箱(235)

ヒューマン――なぜヒトは人間になれたのか』(NHKスペシャル取材班著、角川文庫)は、人類の進化を「心」に焦点を当てて辿り直した点に特徴がある。

第1に、アフリカからの旅立ちには、「協力する人」の出現を待たねばならなかった。分かち合う心の進化が必要であったというのである。

「私たちと同じ現生人類であるホモ・サピエンスは、約20万年前のアフリカで生まれたと考えられている。しかし、そのときの祖先がすでに私たちと同じ心を持っていた可能性は低い。多くの専門家は20万年のあいだに、徐々に『心の形』を整えてきたに違いないと考えている」。

「もっとも研究者は『心』というような曖昧な言い方はしない。専門的には『現代人的行動の起源』と呼ぶ。心は残らないが、行動はその結果が証拠として残る可能性がある。研究としては、目に見えるもの、証拠をもって議論できるものを対象とするのが大原則だ。私たちと同じ行動をいつ、どこではじめたのかという謎を追いかけることで、その背後にある心に迫ろうという戦略である」。

「分かち合う社会。そこに、装身具が登場する。・・・(アフリカの南西部のカラハリ砂漠に住むサン族では)分かち合う暮らしのなかで、人と人を結ぶ絆そのもののように、首飾りが受け渡されていく。そして、受け取ったメンバーはその首飾りを身につけることで、大切なメッセージを周りに示す。『私はあなたたちのグループの一員です。ともに生きていく仲間です』、と。このようにサンの人たちが分かち合いながら、絆を首飾りに込める姿を見たとき、はるか昔の祖先の心がよみがえったように思えた」。

ヒトは分かち合い、協力することを身につけたが、「対するチンパンジーは安全な森にとどまったことで、協力行動を広げていかなかったと考えられる。・・・人間は森を出た(=草原に進出した)ことにより多産へと切り替えることができた。それがやがてアフリカから溢れ出して、世界中へと広がっていく原動力のひとつになった。森という限られた環境にとどまっていたら、そもそも遠い世界に移動することも不可能だったわけだ。それも人間とチンパンジーの大きな違いをつくっていったわけだ」。

第2に、グレート・ジャーニーを続けるに当たっては、「投げる人」の登場が必須であった。飛び道具を発明したことで、ネアンデルタール人が辿った絶滅を避けることができたというのだ。

「人類の大冒険、グレート・ジャーニーが始まる。最終氷期という最も寒く過酷な環境の時代に世界中へと拡散していく。そこで人類は、また新たな心の進化を見せるのだ」。

「最近になってはっきりしてきたのは、ホモ・サピエンスの出アフリカも、一度の出来事ではないということだ。・・・成功に終わった6万年前の出アフリカよりずっと前、いまから12万年前に祖先たちは一度、アフリカを出て、ユーラシア大陸へその勢力を広げようとした。しかし、その試みはある理由のために、もろくも崩れ去ったのだ。ホモ・サピエンスはリターンマッチの末に、ようやく出アフリカを果たしたという歴史を秘めていたのである」。浅学の私は、このことは知らなかったなあ。

「スフールとカフゼーで見つかったホモ・サピエンスは、アフリカでしていたように仲間の絆を大切にし、協力して生きていたことが、出土する首飾りなどの副葬品から分かっている。しかし協力だけでは、厳しい寒さと強力なライバル(=ネアンデルタール人)に立ち向かうことはできなかったのだ」。

「なぜスフールやカフゼーにいた『先発組』のホモ・サピエンスはレバントから先へ進めず、この『後発組』のホモ・サピエンスだけが世界に広がることができたのだろうか。同じホモ・サピエンスであり、そのあいだに身体的な特徴を一変させるような進化を遂げたわけではないのだ」。

「飛び道具を手にした後発組のホモ・サピエンスは、危険な大型動物を離れた場所から安全に狙えるようになった。そして大型動物の数が減っても、彼らには新たな食料資源が確保されていた。繁殖が早く、個体数も多い小型動物たちだ。シェイ博士は、この人類初の飛び道具によって、祖先たちはネアンデルタール人という強力なライバルとの生存競争に打ち克ち、その後の成功へとつなげることができたと主張している」。

「寒冷化が進む環境のなか、熱帯仕様の私たちホモ・サピエンスが、寒冷地仕様のネアンデルタール人を駆逐していくという事態は、それまでの生命世界の掟からいえば、相当に例外的なことだ。逆にいえば、この勝利は人間がいままでの生物とは違い、文化の創出――新しい行動、新しい工夫、そして、新しい心――によって、勢力を広げていく生物になったという高らかな宣言なのである。身体の変化ではなく、文化で環境に適応していく。その強みはすぐに明らかになる。出アフリカを果たした後発組のホモ・サピエンスはその後、またたくまに世界中の大陸に進出し、広大な生息域を築いていくことになる」。

「ストリンガー博士は、ホモ・サピエンスが出アフリカを果たしたのち、寒い場所、暑い場所、あらゆる環境に適応できたのは、大きな集団ネットワークを築いていたからだという」。集団のネットワークが大きくなると、問題に取り組む人数が増え、新しいアイディアが次々に出易くなるというのだ。さらに、新しいアイディアを生み出すだけでなく、それを伝えていくためにも大きな集団が必要だというのである。

第3に、「耕す人」が農耕革命を推し進めることになるが、耕すという行為の根底には、未来を願う心が横たわっているのである。

「いよいよ農耕がはじまる。氷期の終了とともに訪れた地球規模の温暖化、激変していく環境のなかで人類は、今度はどんな心をつくりだしていくのだろうか」。

「私たちの祖先は、それまで辛く過酷な寒い時代を生き延びてきた。間氷期への移行は、人類にとってようやく訪れた願ってもない好機だったに違いない。暖かく穏やかな気候。そこは、果実がたわわに実り、生き物が乱舞する楽園だった。ここで、それまで数万年にわたって人類が旨としてきた生活スタイルが大きく変わる。移動しながら獲物を求める狩猟採集の生活から、ひとつの場所に留まる定住スタイルへと変化するのだ。豊かになったために、ひとつところに落ち着いても生きていけるようになったというわけだ。・・・氷河期を乗り越え、ようやく訪れた暖かな時代。せっかく実り豊かな時代を迎えたのに、それがきっかけで、定住が起こり、縄張り意識が強くなった。そして人類同士の激しい闘争がはじまった。皮肉なことでもあるが、彼ら自身が知るよしもない大きな気候変動が、人類の歴史を翻弄していくさまが浮かび上がったのである」。

「栽培の対象になった植物は、日常的に使うために採り入れられたのではない。それはあくまで結果である。では、なぜ採り入れたのか。『それは、人が大勢集まる場所において必要だった供応の品だった』――この考えを『お祭り説』、あるいは『競争説』と呼ぶ。農耕の始まりを説明するにあたり、最近注目されている仮説である」。

「じつは考古学の世界では、狩猟採集社会から農耕社会への移行について、大いなる見直しが進んでいる。以前は、その移行は必然だと考えられていた。不安定な狩猟採集から、安定的な農耕に移るのは、歴史が進めば当然起こるべき『進歩』だというわけだ。農耕をはじめるに十分な知恵がつけば、誰でもそちらを選択するはずだという理由である。ところが、最近になって『どうもそうではないらしい』と考える研究者が増えている。見直しを促したのは、農耕に移るのにかなり長い時間を必要だったらしいという実態がみえてきたことだという」。

「もともとの常識では、農耕がはじまって定住が強まったとされていたのだが、定住が先行し、そのあとに長い時間をかけて農耕が確立されていくという流れが認められてきている」。

「農耕革命が進行して私たちの社会にはどんな変化が起きたのか。そして、私たちの心にはどんな進化が起きたのか。心の進化としてすぐに想像がつくのが、長いレンジで未来を考える心の進化だろう」。

第4に、「交換する人」が現れ、お金が生まれるのだが、都市が生んだ欲望の行方が数々の問題を生じさせることになるのだ。

「人類がすごいのは、交換することによって『集団的頭脳』を創ることだ、と(リドレー)博士はいう。つまり、私たちが身につけた知識は、個人の頭のなかにしまわれているのではなく、交換によって地球上のあちこちのさまざまな人たちと共有されるというのだ」。

「『コインは、人類史上最大の発明だったと言っても過言ではありません。コインは人々の信用の肩代わりをしました。特に、知らない人と商取引をしたいとき、コインには大変な利点がありました。いままでまったく取引のない、未知の人と商取引をするのは、途方もなく困難です。その人が信頼できるかどうか分かりません』。・・・それまで不可能であった取引が可能になった。同時に、以前にはなかった自信と信頼を人々に植え付けることで、コインは人の交流そのものを変えたという」。交換が分業を生み、分業が都市と文明を発展させたのである。

「あらゆる人々が、無限の欲望を抱く世界。コインの誕生によって、その幕が開いた」。コインが長年の人類の平等社会を変えたというのだ。

人類の進化に関心を抱く者にとって、必読の一冊である。