榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

武士は、京を父とし、地方を母とし、地方で育った強かな混血児だった・・・【情熱の本箱(261)】

【ほんばこや 2019年2月5日号】 情熱の本箱(261)

武士の起源を解きあかす――混血する古代、創発される中世』(桃崎有一郎著、ちくま新書)は、通説を物ともせず、証拠をがんがん掻き集め、遂に武士の起源を解明するに至る過程が推理小説的なので、知的好奇心を激しく揺さぶられた。

かつて教科書で教えられた「地方の富裕な農民が成長し、土地を自衛するために一族で武装し、武士となった」という説はでたらめで、都の武官から生まれたという説は確証がなく、学界は「諸説ある」とお茶を濁しているというのだ。全く、「諸説ある」という言い訳ほど、腹立たしいものはない。

武士が純粋な農民から生まれる可能性は、原理的にないと、著者は断言する。「重要なのは、弓馬の術が、農業の片手間に農民が扱える代物ではないということだ。理由は簡単で、弓馬の術があまりに難しすぎるからである。・・・習熟には膨大な時間を要する。・・・弓術だけでもこれほど困難である上に、騎射で戦う武士は馬術にも熟達せねばならない。その訓練に要する時間は想像を絶し、しかも馬は生き物なので維持費(餌代)がかさむ。馬を飼い、操り、走らせて馬上から弓を射る、という高度な複合技芸を習得し、維持するための時間と経済的コストを、農民が生業の片手間に割けないのは、明らかだろう」。

「平城京から長岡京に遷都した延暦3(784)年、欲に目が眩んだ国司らは、利潤を求めて『貪って』開墾し、近隣の百姓を強制徴用して疲弊させ、百姓の農桑地まで侵略する無茶な収奪に走っていた。・・・ところがその国司の前に、強大な敵が立ちはだかった。国司より強い私兵と免罪特権を持ち、私利私欲のために法や国益を躊躇なく蹂躙する最上層の貴人、『王臣家』である。王臣家はブラックホールのように富と人材を飲み込み、従順な人材は富をかき集める手足として一体化し、従順でない者を蹂躙してゆく」。

「元国司や王臣子孫が地方で収奪に血道を上げたのは、失業者だからだ。官職の数は一定なので、王臣家が栄えて肥大化するほど、就職できず、自分でうまい話を探さねばならない者が増える。古代の官僚制は、過当競争から大量の落ちこぼれを生み出す構造だった」。

「国司と王臣家・王臣子孫の利害は鋭く対立したが、実は彼らの本質に違いはない。国司の出身母体こそ、王臣子孫にほかならないからだ。任期後に失職して現地に居座る元国司は、ただの王臣子孫と変わらない。彼らが王臣子孫の『党』に合流するのは、自然な成り行きである。そして、こうした境遇の人物の中から、武士が胎動してくる」。

「かくして地方社会には、増えすぎて落ち零れた王臣子孫が、『諸王+源平両氏+藤原氏』という構成で大量流入した。そしてこの構成は、半世紀あまり後に迫った平将門の乱の主役たちの構成と、完璧に同じだ。ならばこの王臣子孫たちこそ、武士の源流だろう」。

「現地で合流した源平の王臣子孫とその家人(郡司富豪層の有閑弓騎)こそ、源平(貴姓)の武士とその家人(卑姓の郎等)の原型と考えられる。王臣家と家人の主従関係は遠隔地間の薄い関係だったが、王臣家から零落して地方に下向した王臣子孫が現地で王臣家人と結合したことで、直接的で緊密な関係になった。それが地方における武士と家人の主従関係の原型だと考えるのが、最もシンプルで自然な説明だ」。

「国造の時代から何世紀もかけて形成された、古代の郡司富豪層の地方社会に対する支配的な地位と、彼らの濃密なネットワークに、血筋だけ貴い王臣子孫が飛び込み、血統的に結合して、互いに不足するもの(競合者を出し抜くための貴さと地方支配の力)を補い合った。そして秀郷流藤原氏は蝦夷と密着した生活から、源平両氏は伝統的な武人輩出氏族(将種)の血を女系から得て、傑出した武人の資質を獲得した。武士とは、こうして『貴姓の王臣子孫×卑姓の伝統的現地豪族×準貴姓の伝統的武人輩出氏族(か蝦夷)』の融合が、主に婚姻関係に媒介されて果たされた成果だ。武士は複合的存在なのである。こうして見ると、武士の本質は融合(統合)にある、といえそうだ。武士は『武装した有力農民』『衛府の武人の継承者』など、一つの集団が発展した産物ではない。違う道を歩むはずだった複数の異質な集団が融合して、どの道とも異なる、新たな発展の道を見出したのが武士だ」。武士の本質は、既存の各種勢力の融合・統合だったというのである。

「武士は、地方社会に中央の貴姓の血が振りかけられた結果発生した創発の産物として、地方で生まれ、中央と地方の双方の拠点を行き来しながら成長した。しかし、その一部を召集・選抜して『滝口武士』に組織するという形で、彼らに『武士』というラベルを与え、『武士』という概念を定着させたのは朝廷であり、その場は京だ。武士の誕生に必須の血統(王臣子孫や武人輩出氏族)の出所も京だ」。

武士は、京を父とし、地方を母とし、地方で受精し、地方を母胎として地方で育った混血種(ハイブリッド)の子たちだ――というのが、著者の結論である。「彼らは京と地方の違いを、質の違いとして捉えることができた。それなら双方を掛け合わせて、創発を生み出せる。そこが混血種である武士の最大の強みだ。彼らは、双方の違いをむしろ際立たせ、その差を活用すれば力の源泉になることを知っていた。中央で調達した貴姓と官位が地方社会でものをいい、地方で調達した軍事力・財力が中央でものをいい、それらが好循環を生む、ということを」。

本書のおかげで、一筋縄ではいかない歴史の奥深さ、それゆえの面白さを堪能することができた。実に読み応えのある一冊である。