榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

『鳥獣戯画』の相撲を取るウサギは明恵で、カエルは釈迦だという大胆な仮説・・・【情熱の本箱(356)】

【ほんばこや 2021年4月11日号】 情熱の本箱(356)

頭を強打されたような衝撃に襲われた。『鳥獣戯画のヒミツ』(宮川禎一著、淡交社)の著者は、『鳥獣戯画』の甲巻の相撲を取るウサギは明恵で、カエルは釈迦だというのである。

大胆な仮説であるが、説を構築する論拠が堅牢なので、強い説得力がある。今日以降、私は宮川説の弟子となることを、高らかに宣言する。

●『鳥獣戯画』甲巻の制作者について――
著者は、鳥獣戯画の甲巻の世界観は、釈迦の教えを求めて、遥々唐から天竺(インド)を訪れ仏典を持ち帰った三蔵法師玄奘の『大唐西域記』から強い影響を受けていると考えている。

「(『甲巻』の)キーワードをここに並べてみます。月のウサギとカエル、『大唐西域記』の本生譚に登場するウサギ・サル・キツネ・鹿・キジ、釈迦伝の相撲と弓矢、過去現在因果経、渓流、知性をもった動物たち(動物に仏性あり)、尼連禅河。さらに選別するならば、キーワードは4つだけ。『月』『釈迦』『大唐西域記』『動物好き』に絞られます。このキーワードが指し示す人物はたったひとり、高山寺の明恵上人以外にはありえません」。

「『甲巻』のウサギは『釈迦最後の弟子』なのです。『ウサギ=釈迦最後の弟子・善賢(蘇跋陀羅・須跋陀羅)=作者である私(明恵)』ということです。なぜならば明恵上人こそが『釈迦最後の弟子』を自負していたからです」。

「(明恵)上人はウサギの姿を借りて釈迦(カエル)に相撲で挑戦し、善戦はするものの力の差は歴然としていて、やがて釈迦(カエル)にぶん投げられてとても嬉しい、そういう場面ではないでしょうか。『甲巻』で上人が描かせたかった場面がここであり、現代の人々が不思議に引き付けられるこの相撲は『釈迦と明恵上人の取っ組み合い』だったのです。・・・ウサギがカエルに投げ飛ばされる印象的なシーンですが、負けたウサギは笑っています。全く悔しそうではありません、投げられたウサギが笑っている理由。それはもちろん釈迦に挑戦できて、自分を投げ飛ばしていただいたから嬉しいのです。いつも明恵上人が心の中で切望していた夢の対決だったはずです。その姿は生涯をかけて釈迦を思慕し、追究した(明恵)上人の『あるべきよう』そのものだからです」。

「動物の姿に身をやつしてでも『お釈迦さまの直弟子・最後の弟子になりたい! お側に行きたい!』ですよ。この(明恵)上人の強い願望こそが『甲巻』が描かれた最大の原動力だったと思います」。

「(明恵)上人のお釈迦様への強い敬慕の念がこんな表現で自分の姿を絵に描かせ、それから800年を経た現代人の心に響くものがあるとは、なんと強い信念と構想力でしょうか。天竺へ実際に行こうとして旅程表まで作って準備したのですから、上人の計画性が強かったのは明らかです。それがこの絵巻にも表れています。絵巻の制作は渡天竺計画の中止を自ら慰める代償行為だったのかも知れません」。

●明恵と法然の対立について――
「明恵上人からすれば、釈迦の真の教えを研究し修行して釈迦にせまろうとすること(菩提心の追求)こそを人生を懸けた目的にしてきたのに、法然上人はその菩提心追求を(『正』でなく)『雑』としたことが許せなかったのです。・・・法然上人の教える『念仏』が阿弥陀如来への帰依を本旨とするのに対して、釈迦を敬慕し菩提心を求めた明恵上人がそれに反発して当然なのです。この法然上人と明恵上人の激しい対立を短く言えば『仏教とは何か』ということです。すなわち『阿弥陀様』なのか『お釈迦様』なのか、阿弥陀如来への帰依によって多くの庶民(凡夫)にまで極楽往生への道を示すのか、それとも個々人が厳しい修行を経て釈迦の悟りの道に近づくのかという二極対立であり、仏教に関わる者には避けられない大問題なのです。それこそが絵巻全体を貫くテーマだと言って良いと考えます」。

「(絵巻で批判された)法然上人はこの絵巻を見ることはなかったはずです。絵巻は法然上人の没後の制作でしょうから。けれども仮に見たとしたら、その意味は分かったでしょう。『知恵第一の法然房様』ですから。『高弁(明恵)はわしのことを提婆達多呼ばわりしておる。しかし、一般民衆を救済するためには私は提婆達多にでもなろう(悪人正機)。そもそも高弁は釈迦についてよく勉強し、修行を積んではおるが、目の前で苦しむ凡夫を助けておらんではないか』とか言いそうです。さらに数多い法然上人の弟子たちは『お釈迦様のことは詳しく知らなくて良い』のですから、この絵巻で法然上人が激しく非難されていることには気づかないはずです。もし気づく僧侶がいたとしたら、その人はもうお釈迦様側の陣営に居るということです」。

●制作時期について――
「1215年の9月15日とかが理想の完成年月日だと推定しておきます。あるいは翌年の1216年頃までは可能性を広げておきましょう」。

●描いた絵師について――
「(明恵)上人がこれを描かせたのは、おそらく高山寺と関係の深い絵仏師の誰かでしょう。まず鳥獣戯画乙巻が先に完成していて、その出来栄えに感心した明恵が『君にちょっと描いて欲しいものがあるのだが、相談に乗ってはもらえないかな。ただし事情があるので描いたことは秘密にして欲しいし、絵師である君の名前も奥書に書かないのが条件なのだけど・・・』ということで菩提心絵巻(鳥獣戯画甲巻)の制作が構想開始されたのだろうと思います。乙巻→甲巻の順番です。乙巻は異類バラバラですが、『甲巻』は異類同歓ですから。逆は考えにくいと思います。なお『丙巻』『丁巻』は上人とは無関係だろうと思います」。

本書が真に凄いのは、『鳥獣戯画』の甲巻の秘密を明らかにしたことに加えて、ひたすら釈迦を慕い、その教えを究めようとした明恵と、悩む大衆を救うためには、釈迦よりも上位概念の阿弥陀如来に身を任せるほうが上策だと考える法然との、思想上の対立が根底に横たわっていることを指摘した点にある。釈迦の教えこそが仏教の本質・精髄であり、釈迦を軽視して阿弥陀如来を崇める大乗仏教は邪道だと考える私だから、明恵に強い親近感を覚えるのだろう。