カラヤンのライヴァルとの戦い方…【リーダーのための読書論(16)】
自分の得意な分野で一廉の人物たらんとする時、「ライヴァル意識」「嫉妬」といった感情からどうしても逃れられないのが、人間の本質だと思う。ましてリーダーを目指そうとするほどの人間なら、なおさらだろう。
『カラヤンとフルトヴェングラー』(中川右介著、幻冬舎新書)は、20世紀を代表する指揮者で、「帝王」と呼ばれたヘルベルト・フォン・カラヤンが、その人生最大のライヴァル、今なおクラシック・ファンから「史上最高の指揮者」と目されているヴィルヘルム・フルトヴェングラーに挑んだ凄絶な記録である。この本は、音楽家を扱い、音楽界を舞台としているのに、「音楽」よりも「人間ドラマ」に重点が置かれている。フルトヴェングラーとカラヤンのどちらが真に優れた指揮者であったか、それは読者自身がそれぞれの作品を聴いて判断したらよかろうという突き放した姿勢が小気味よい。その代わり、ライヴァルとの戦い方を描いた人間学のテクストとしては、見逃すことのできない極上の一冊に仕上がっている。
1882年設立の世界最高のオーケストラ、ベルリン・フィルハーモニーの首席指揮者は歴代6人しかいない。本書は、3代目のフルトヴェングラーが君臨していたベルリンに、若きカラヤンが失業者として登場するところからドラマの幕が開き、遂にカラヤンが4代目となるところで幕を閉じるが、巷に溢れている単純なサクセス・ストーリーとは一味違う。フルトヴェングラーは、音楽の才能は超一流であったが、優柔不断、猜疑心が強く嫉妬深い性格であった。また、女性には抜群にもて、正式な結婚は2回だが、数多くの恋人、愛人、非嫡出子がいた。対するカラヤンは、レコード・CDの売上枚数は他を圧しているが、気難しく、独善的、権力欲、名誉欲、金銭欲が強いという性格を有していた。ただし、自分に忠誠を誓う者に対しては面倒見がよかったという。そして、3回結婚するなど彼も女性にもてたのである。
この両者の強烈な個性のぶつかり合いにとどまらず、フルトヴェングラーを後援するヒトラー側近のゲッベルス宣伝相と、フルトヴェングラーの対抗馬としてカラヤンを押すヒトラーのもう一人の側近、ゲーリング・プロイセン州首相とのナチ政権内の勢力争いの代理戦争という側面が、この人間ドラマに複雑な陰影を与えているのである。
『カラヤン帝国興亡史――史上最高の指揮者の栄光と挫折』(中川右介著、幻冬舎新書)では、カラヤンがベルリン・フィルを手に入れた後、ウィーンやザルツブルク、あるいはミラノやロンドンといったヨーロッパ楽壇の主要ポストを次々と掌握し、いわゆるカラヤン帝国をいかにして築き上げていったのか、そして、その帝国がどのように崩壊していったのかが描かれている。どんなに強力な帝国も永続することはできず、権力者やリーダーも、また然りであることを、この書が教えてくれる。
『カラヤン 帝王の世紀――孤高の天才指揮者、波乱の100年』(中川右介著、宝島社新書)は、カラヤンが生まれる直前の1901年からカラヤン死後の2008年までの、カラヤンを中心とした時系列のエピソード集という形態をとっている。政治に翻弄されながらも芸術に生き、芸術に生きながらも権力闘争を止めず、権力闘争をしながらも音楽を奏で続けたカラヤンの81年の生涯を手軽に辿るには便利な本と言えよう。
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